(by こばやしななこ

渋谷のスペイン坂を上がったところに、シネマライズという映画館があった。

シネマライズ。
その名を口にしただけで、お腹の奥がきゅっと切なくなる。私の憧れが詰まった場所。今はもう存在しない場所。

私の地元は鳥取県の港町だ。
日本で1番人口が少ない県には当然、ミニシアターなどない。シネコン型の映画館が、家から車で片道40分かかるところに1つあるだけだ。しかもその映画館での上映作もかなり限られていて、都心のシネコンで上映された映画が公開されないことはザラにあった。

そもそもそんなところに住んでいて、なんで映画好きになれたのかって感じだが、とにかく私は映画が観れない土地に住む、映画が好きなティーンだった。毎月「CUT」という映画雑誌を買っては観たい映画に赤丸をつけて、地元のTSUTAYAにそのDVDが並ぶのを待った。

ある時「CUT」の誌面で、シネマライズという映画館が特集されていた。

そこではシネマライズが開館してから上映された、すべての映画タイトルが紹介されていた。ラインナップを見て、息が止まりそうになった。地元のTSUTAYAでレンタルし、家の小さなテレビで観てすっかり魅入られた映画たちの名が、光って目の前に浮かび上がってきた。

こんな作品ばかり上映される映画館が、存在するのか。
本当に、本当に、衝撃的だった。

シネマライズで『トレインスポッティング』が観たかった。

それから、中学時代ハマって来日した主演俳優に花まで贈った作品『ベルベット・ゴールドマイン』も観たかった。学校を休んで1日中再生し続けた『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』も。

『シド・アンド・ナンシー』も、『ガンモ』も、『ワンダフルライフ』も、『ヴァージン・スーサイズ』も、『8人の女たち』も、『歓楽通り』も、『パーティ★モンスター』も、『ロスト・イン・トランスレーション』も……

もしいつか東京に住んでも、過去に公開された映画をシネマライズで観ることはないのだと思うと悲しかった。今だって、90〜00年代のシネマライズが青春だった人たちが腹の底から羨ましい。

憧れのシネマライズへ初めて足を運んだのは2009年。9月だった。
その日のことは、着ていた服まで思い出せる。

是枝裕和監督の『空気人形』の舞台挨拶がシネマライズで行われると知ったとき、すでにぴあでのチケット販売は終わっていた。私は意を決し、当日券を手に入れることにした。井浦新とぺ・ドゥナをこの目で見るんだ、と昂った。

迷わずたどり着けるだろうか、舞台挨拶の当日券ってどれくらい人が並ぶのだろうか。緊張であまり眠れなかった私は、早朝から渋谷の街に立っていた。誰もいない街を歩き、シネマライズの場所を確認する。これがシネマライズか。なんというか……変わった建物だ。そして、シネマライズのすぐ向かいにはパルコがある。これがパルコか。初めて見たぞ、パルコ。

早朝から人がずらっと並んでて、当日券が買えなかったらどうしようという不安とは裏腹に、劇場の前には誰もいなかった。手持ち無沙汰にあたりをウロウロし、開館の時間が迫る。受付の場所もわからないので、少し離れたところで待機した。

開館と共にどこに隠れていたのかスーッと現れたおじさんのおかげで受付を確認した私は、おじさんに続き当日券を買う。シネマライズはメインのスクリーンが2階建てになっていて、私が手に入れた席は2階の最前列であった。

これは罠だった。
2階の最前列の座席は、足元の壁でスクリーンより下はほぼ見えない。

座席ギリギリに腰掛け、背筋を限界まで伸ばしてやっと、どうにか登壇者が見える。しかし、少しでも気を抜くと、彼らの姿はすぐに視界からウェイドアウトした。正直、舞台挨拶は井浦新とぺ・ドゥナを見たというより、井浦新とペ・ドゥナが見えなかったという記憶しかない。

思い返すとほろ苦い体験だが、その日の私は初めて憧れのシネマライズに行き、初めて映画に出ている人と空間を共にした感動で胸がいっぱいで、帰宅してすぐ興奮気味に母に電話をかけた。

それから2016年に閉館するまで、何度もそこへ通った。「シネマライズでやってるから」というだけでアピチャッポンやロウ・イエの作品を、あらすじも、監督の名も、俳優の名もなにも知らず、なんとなく観に行った。そこに行けば、必ずわくわくできるという信頼があった。

まぁ、1階で観ると画面の位置が高すぎるし、フロアの傾斜はほぼないし、2階席の最前列は字幕も半分見えなかったし、(私が見出した最も快適な席は2階の2列目だ)不満は多々あったんだけど。

今年、自宅にプロジェクターとスクリーンを設置したことにより、私にとって映画は家で観るものになってしまった。感染症の流行もあって、近頃は映画館に行くモチベーションがあまりない。家なら他人に嫌な思いをさせられないし、自分が他人に嫌な思いをさせる心配もないしね。

それでも、シネマライズのことは恋しいと思う。
2階席への階段を上る、あの高揚感を思い出す。
もっとたくさん通っておけばよかった。
もっと、友だちとも行きたかったな。
シネマライズのある渋谷が恋しい。

++++
画像:wikipediaより

 

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