(by 蛙田アメコ

『――お前さ、自分のこと才能があるって思う?
 じゃあさ、人から才能があるって思われてないってことには気づいてる?』

突き刺さるセリフ。
私は思った。

「うるっせええぇええぇ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

と。

***

2020年、7月17日より映画『劇場』が、劇場公開および各種動画配信サイトでの配信をスタートした。
Amazonプライム・ビデオでの全世界同時配信、そして日本のミニシアター20館での上映。新型コロナウィルスの影響だ。

行定勲監督。
山﨑賢人・松岡茉優主演。
いまや当代を代表する大文筆家である(注:当人はきっとこう称されることを嫌うでしょうし、『吉本興業のお笑いコンビ「ピース」の又吉』とお呼びすることがマナーなのでしょうが、筆者は売れている作家先生にバチクソに嫉妬を燃やすので、あえて嫌がる方の呼び方をしてやろうという嫌な動機でもって『当代を代表する大文筆家』とお呼びいたします)又吉直樹の大ヒット恋愛純文学『劇場』原作である。

肥大した自意識をもてあまし、長年なにものにもなれないままヒモ兼演劇関係者として生きている陰鬱な男が最後まで変わらない様子と、明るくころころと笑い陽気で一貫して男に甘かった恋人の女がまったく笑わず死んだ目になって田舎に帰る離別の様子が描かれている。梅雨時の夜みたいな湿った空気感、高円寺とか下北沢とかそういう「らしい町」の自意識が戯曲的に、さいごまで戯曲的に描かれている。

はぁ~、き、気分が悪い!
これは断じて「美しい青春恋愛挫折ストーリー」なんかではないのだけれど、この映像と演技とセリフ群によって、クリエイティビティを持て余した中年に「刺さる」映画として昇華されていることが気分が悪い!! 自意識が肥大したヤバい男との貧乏生活、「やっぱり、お互いちょっとずつ悪かったよね」「夢追い人と一緒に入られないけど、あの日々は本当に幸せだったよね」みたいなお為ごかしが憎くて仕方がない!! んなわけねーだろ、俺たちをサクセスさせろ、7億円と名声を!! 才能がないことなんてお前に言われんでもわかっとるわい! こちとら““下北沢””みたいな文脈のある街を憎んで憎んで、蒲田の片隅からフ●ックと叫ぶためだけに生きてきたんだ!!

……ふぅ。

ただ、本当に悔しいことに。
『劇場』が多くのプロフェッショナルの作り上げた映画であることは明白だし、行定勲監督が『無期限延期か、アマプラ配信か』の意志決定をどういった心のプロセスを踏んで行ったのかを語ったインタビュー(後述する)からは、彼がどれだけ大切に『映画』としてこの『劇場』を仕上げたのかは痛いほどにわかる。わかる。ああ、この映画が駄作ならよかったのに(大憤怒)。

自分と同世代の知り合いの劇団がバチクソに売れていて、小屋に行ってみたら評論家や著名演劇人がめっちゃ見に来ている感じとか。
原稿料のあまりおよろしくない記事作成の孫請けでどうにか食っている主人公とか。
アパートの部屋、薄型テレビ以外全部レトロな部屋とか、ストロングゼロとか、全部、全部身に覚えがあった。
主人公の肥大した自意識と、上手くいかない異性との同居とかも含めて全部。

身に覚えがありすぎて、痛かった。
痛いぶんだけ、この映画がよくできた作品だと思い知らされた。
ああ、まったく腹が立つ。
腹が立つほど、悪くない映画だった。うん、ほんとうに悪くない(致命傷をおった女の絵文字)。

――さて。
ここからは重大なネタバレなのだが、この映画『劇場』が『ラ・ラ・ランド』(2016)と『蒲田行進曲』(1982)のフォロワー作品として位置づけられることは明白だ。
この二つの映画のタイトルを並べただけで、勘のいい方ならば「ああ、そういうことね」とお気づきになるかもしれない。

私は震えた。
この映画を、結果としてミニシアターだけが上映できていることの意味と、ミニシアターでこの演出を目にする『鑑賞体験』。
この映画を、くだらない離婚をしたあとの1Kの薄型テレビで見ることの『感傷体験』。

新型コロナウィルスによる各エンタメへの打撃のなかで、監督がどのような経緯で『配信+ミニシアター』という形式に踏み切ったのかというのは、こちらのインタビューを参照してほしい。

ただ、これは確信していることなのだけれど、結果として『劇場』という映画がもっともよい形で演出される場所で花開いたんだと思う。
この映画は華々しく清潔なシネコンではなくて、ミニシアターに映えるものだし。
幸せな家庭のリビングの大型モニターじゃなくて、ひとりで暮らすしみったれた部屋のテレビにこそ映えるものだし。

++++
(C)2020「劇場」製作委員会
映画「劇場」公式サイト

 

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