(by こばやしななこ

自転車を盗んだことがある。女子高生だった。

友だちと隣の県の商業施設へ行こうと電車に乗ったが、二人の手持ちでは往復の電車賃が足りなかった。「ひと駅手前でおりて歩こう」と私が言った。

目的地より手前の見知らぬ駅で電車をおりると、見わたす限り畑だった。商業施設がありそうな気配はない。田舎のひと駅はとんでもなく遠い。

不安なまましばらく歩く。

すると、荷台に古びた段ボールをくくりつけてあるエメラルドグリーンのママチャリに遭遇した。まわりに人はおらず、建物もない。誰かが使っている雰囲気は希薄だ。なぜこんなところに置いてあるのか謎だった。私と友だちは、どちらともなく同意しあうと、私のリュックに入っていたハサミで縄を切って、段ボールをその場に捨てた。中身は空だった。

悪趣味な色の自転車にまたがり、二人乗りでなにもない土地を走る。目的地までは自転車でもだいぶ遠くて、こうするしかなかったのだと思うことにした。結局その自転車は商業施設に乗り捨て、私たちは電車で帰った。

自転車泥棒は普通に犯罪だし、こうやって文章に書くべきことじゃない。ただ、この日のことは忘れ難い。私の人生はこういう、どうかと思うエピソードで埋め尽くされていて、人から褒められるような輝かしい部分はあまりない。

大好きな映画『レディ・バード』も特段、映画にして人に観せるものではないエピソードで埋め尽くされている。話の内容は、「主人公の高校最後の1年」だ。因みにレディ・バードとは主人公が周りに呼ばせている、自分で自分につけた名前である。

レディ・バードの暮らすサクラメントは、カルフォルニア州の、農地が多くて保守的な田舎町だ。彼女は母親の支配や文化のない田舎から遠く離れた、東海岸の大学に行きたい。けれど、母親は学費の安い州内の大学に行けと言う。

希望する大学に反対してくる母親と口論になったレディ・バードは走行中の車から飛びおり反抗の意を示す。大学へ行く成績が足りないと、教師から盗んだ生徒全員分の成績を捨てた。母親に雑誌を買うなと言われれば、服の中に隠して万引きしようとするし、シスターの車にもいたずらする。いわゆる模範的な「いい子」ではなく、彼女には大人から怒られる要素しかない。

この映画が他に類を見ないほど魅力的なのは、曲者でしかないレディ・バードが過ごす一瞬一瞬(失敗や悪態や無意味な会話もすべて)に、この上ない価値があると感じさせてくるところだと思う。

例えば、カトリック系の高校に通うレディ・バードが太った親友ジュリーと床に寝そべり、白くて丸いウエハースを食べているシーン。このウエハースは「聖体」だ。儀式でキリストの体の一部として信者が食す神聖なものである。レディ・バードとジュリーはこれをパクパク食べながら、足を壁に上げて「私のオナニーの仕方は……」という話題で盛り上がる。体勢、行動、会話、どれをとっても酷い上に、深い意味もない。それなのに、二人のフィーリングの合い方や楽しそうな様子は、余りにも尊い。

私に同じ経験はなくとも、この映画を「自分の映画だ」と感じる。模範的ではない私たちの物語に対し、映画にするほどの価値を見出してくれる人は少ない。グレタ・ガーウィグは違った。彼女はどうしようもない人々を愛しているはずだ。そうじゃなきゃ、こんな映画は撮れない。

映画で一番心に残っているシーンはクライマックス。レディ・バードが黙ってNYの大学を受けたことを許せない母マリオンは、娘が旅立つ日に空港まで送って行くも、見送りを拒む。意地を張ったまま娘を車からおろし、車を発車させる。運転しているマリオンの表情がだんだん崩れていくシーンに、私はいつも泣いてしまう。

私が上京する時、東京行きの夜行バスを見送った後の母は、どんな顔をしていたのだろう。無意識に、過去の自分には見えなかった「親の顔」をレディ・バードの母親に重ねて、ここまで胸が締めつけられるのかもしれない。

映画を作ったグレタ・ガーウィグは、この監督デビュー作でアカデミー賞史上5人目の監督賞にノミネートされた女性となった。次の監督作品『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』も作品賞・脚色賞にノミネートされ、まだまだ女性の活躍が少ないハリウッドでトップを走っている。

グレタに心の底から憧れてる私はといえば、映画についての文章さえ全然完璧に書けなくて泣けてくる。成功も名声もなく、大人になっても辛ラーメンを二日続けて食べたら胃腸がおかしくなってのたうちまわったり、うっかり支払いを忘れて電気を止めたり、無意味でレディ・バード的な世界を生きている。

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(c)Merie Wallace, courtesy of A24
映画『レディ・バード』allcinemaページ

 

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