(by みくりや佐代子

六本木のマンションの一室で行われるパーティー。そこには、ただただセックスがしたい大人たちが集う。「愛の渦」という映画の冒頭だ。常識の仮面を剥いで性に溺れる人達の人間模様を描いたその映画は、エロティックで過激だと2014年の話題をさらった。

主人公の陰気なニートを演じる池松壮亮も、地味で冴えない女子大生を演じる門脇麦も、妙にリアリティがある。愛や信頼などかけらもないはずだった彼らは、体を重ねるうちに相手への独占欲や嫉妬心が芽生え始め、やがて感情をむき出しにしていく。

高校時代、私はブログを2つ持っていた。
1つは友人らとノリで共同運営として作ったもの。1つは人には言えない本音用のものだった。今でいう裏アカ(裏アカウント)と同じ類だろう。

私はそこに、大好きな彼氏にフラれた後の欝々とした気持ちや、ソリの合わない兄への苛立ちなどを綴っていた。
決して綺麗ではない言葉の連なり。誰にも見せられない毒々しい本音をそこに吐き出していた。

「先輩」

ある日声をかけれられて振り返ると、同じ部活の後輩が階段をおりてくるのが見えた。小柄で口元に大きなほくろのある、甘ったるい声を出す後輩だった。
私は彼女がすごく苦手だった。空気が読めなくて距離感が近くて、いつも「悪気のなさ」という武器を手に寄ってくる。

「あたし、先輩のブログ見つけました」

彼女はぴょんと飛びつくように右腕に絡みついてきた。え?と聞き返すとにっこりと微笑んで、その笑顔が妙に不気味に感じられた。

「ああ、友達とやってるの」
「そっちじゃなくて」

遮るようにそう言ってぎゅっと腕に強くしがみついてくる。

「先輩の、ひとりの方のブログです」

映画の終盤で、主人公は女子大生に好意を抱いてしまう。そして偶発的に知ってしまった携帯番号をきっかけに、二人は朝のファミレスで再び会うことになった。

「すみません、呼び出しちゃって」とたどたどしく女子大生は言う。主人公の表情には喜びが滲んでいる。あの奇異な場所ではなく、リアルの生活の中でこうして出会い直すことができたという喜びが。

「お名前聞いてなかったですよね」
「そうですね」
「僕は、かとういさむって言います」
「私は、すずきさとみです」

ゆっくりと、時間をかけて、二人は互いの名前を名乗り合う。何かが始まるような予感がしたその時。「あの」と切り出したのは女子大生だ。

「その番号……消していただけませんか」

思わず息を飲んだのは、分かってしまったからだ。この一言が、この映画の全てなんだと。

体と一緒に心まで通わせた気になっていたのは主人公だけだったのだ。女子大生にとってその場所はあくまで性欲を発散する場所で、決して主人公に心を開いたわけではなかった。

「その番号……消していただけませんか」

その言葉に乗せられた感情には身に覚えがあった。誰にも知られたくないブログを親しくもない後輩に見つけられた時のあの動揺。どうか忘れてほしいという懇願。絶対に暴かれたくなかったのだ、デリカシーという口紅でその唇を塞いでやりたいと。
17歳の私の守りたかったものが、映画の中の女子大生に重なっていた。

ショックを受けた主人公が、最後にこぼす言葉がこうだ。

「僕は……あそこにいたのが僕だと思ってますけどね。あそこにいたのが……本当の自分だと思っています」

女子大生は一瞥して去っていった。

映画が終わるとき、私はこの感情は現代を生きる私たちにとって永遠の課題なんじゃないかと途方に暮れた。なぜなら17歳だった私が31歳になってもまだ、この感情の上手な扱い方を見いだせていなかったから。

本当の自分を見せたい。見せる場所が欲しい。だけど見ないでほしい。誰にも見つかりたくない。誰もがそんなジレンマに縛られて生きている。
そして本当の自分がここにいたことを残したくて、私は今日もたった一人でひっそりと書いているんだろう。インターネットという広い海の、その片隅の砂浜に。

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(C)映画「愛の渦」製作委員会
映画「愛の渦」allcinemaページ

 

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