【映画レビュー】『ジョジョ・ラビット』のヒトラーが持つ映画での役割~彼はジョジョの親友で在り続けるのか~

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(by 安藤エヌ)(注:本レビューに直接的なネタバレは含まれませんが、一部物語の内容に触れています)

映画『ジョジョ・ラビット』を観た。

兎が殺せない? 年端のゆかない子どものイマジナリーフレンドが、あの悪名高きアドルフ・ヒトラー?

観る前からSNSに流れてくる情報で、私は完全に食わず嫌いをしていた。動物が意味もなく殺されるような描写は極力見たくないし、罪なき人を己の思想のみによって虐殺したヒトラーを登場させるとなると身構えてしまう。何より、この映画は第二次世界大戦下を描いた戦争映画である。

『戦場のメリークリスマス』のデヴィッド・ボウイの美しさを一目見たいと思いながらも、戦争映画だからという理由で観ていない(たとえそのような描写がほとんど無い映画と知っていても)私にはたしてこの映画が観れるのか? とまず疑問に思った。

戦争を描いた映画は胸が痛むし、観ていると辛くなってしまうので出来る限り避けたい、というのが私の正直な思いだった。人類の過ちを虚飾なく、また映画という芸術を通して描くからこそ、映画好きにとっての傑作ジャンルとして在り続けているのは理解しているのだが、どうしても映画館で悲しい思いはしたくない、美を描いた映画ならそれだけに陶酔し、ハッピーな気分に浸りたい……そんなミーハー映画好きは、本作を観ることも躊躇っていたのだった。

しかしSNSでは本作を称賛する声があちこちから上がっていて、フォロワーの映画好きからも「観て良かった」との感想が。それにこれは「戦争映画であって戦争映画らしくない」作品だという。それなら、観ても大丈夫だろうか。確かに本編映像や予告を見ると、肝心のアドルフ・ヒトラーはとてもコメディチックで、単なるちょび髭のオモシロいおじさんに見えてくる。私の警戒心はだんだんと薄れていき、気が付けばチケットを握りしめ映画館に向かっていた。

そして満を持して『ジョジョ・ラビット』を観たのである。

まず第一声は「うん、戦争映画だな」だ。ちゃんと、戦争映画だった。目を背けたくなるような描写もしっかりある。だけどそれだけではない。決してそれだけではない魅力が、本作には目移りしてしまう程に詰まっていて、これまで戦争映画に抱いていたイメージが変わったし、映画を通して隠しがちになっていた戦争に対する思いが胸の内にじわりと表れてきた。

こんな悲しい歴史についてわざわざ考える必要はない、と平穏を保つために思い続けてきたのが、エンドロールを見つめているうちに確かに変わっていく実感を得たのだ。それこそが本作の真価であり、決して押し付けるわけでもない、戦争への気づきに導く巧みな脚本と演出に私は素直に感激し、喰わず嫌いせずに観て良かった、と心底思うに至った。

本作の中で、ヒトラーは歴史上の重大な人物であるが一人の少年にとっての親友、イマジナリーフレンドである。後世にも語り継がれる悲劇を招いた人物である彼を、監督自らが自分の身をもってして演じている。彼は愛国心こそあれど、臆病なせいで「ジョジョ・ラビット」と揶揄されてしまった主人公・ジョジョを励まし、行動を後押しする立場にいる。

しかしやはり、”それだけではない”。少年は物語を通して、戦争が自身の思うようなものではなく凄惨極まりないこと、母やユダヤ人の少女・エルサから教わった本当の愛、仲間との絆がもたらす希望に気づいていき、親友であったヒトラーと「とある局面」を迎える。そこが個人的に最も観客に刮目してほしいシーンだ。ジョジョは尊敬し、あこがれを抱いていたヒトラーに盲目的な忠誠を捧げ生きてきた。そんな彼が自分を気にかけ、助けてくれるのは嬉しかったに違いない(たとえ、自分の心理状況でつくりだした偽りの像だったとしても)。

しかし彼は「もうひとりのジョジョ」なのだ。思想や固定概念に縛られ、人間として生きる上で本当に大切なものを見失ってしまった、もうひとりの自分。そんな彼に、正面を切ってジョジョは対峙する。そして起こした行動とは――答えは、ぜひ映画を観て知って欲しい。それまでのジョジョの成長する過程を見守ってきた観客にとって、特別なシーンになることは間違いないはずだ。

ヒトラーは少年ジョジョの親友である。怖くも無いし、どこかおどけていて、茶目っ気たっぷりに振舞う。しかし彼が映画の中で担う役割が単なるジョジョの親友だけではないと気づいた時、映画をもう一度最初から観たくなる。

彼を主人公に最も近い存在――ありえないけれど、それこそがすばらしい――に置いて、現実の「戦争」を描き、自ら演じる立場に立ってみせた監督に称賛の拍手を贈りたい。愛も何も信じられなくなるような世界で、懸命に生きてみせた登場人物ひとりひとりを演じたキャストに花束を。この映画に関わったすべての人に祝福を。

そんな風に願わざるをえない、表現における無限の可能性を感じた映画だった。

++++
(c)2019 Twentieth Century Fox
映画『ジョジョ・ラビット』公式サイト

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この記事を書いた人

安藤エヌのアバター 安藤エヌ カルチャーライター

日芸文芸学科卒のカルチャーライター。現在は主に映画のレビューやコラム、エッセイを執筆。推している洋画俳優の魅力を綴った『スクリーンで君が観たい』を連載中。
写真/映画/音楽/漫画/文芸