【映画レビュー】『パラサイト 半地下の家族』~ポン・ジュノ監督が構築した韓国(もしくは世界)の凍りつく寓話~

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(注:本レビューには映画のネタバレが含まれます)

半分地下で暮らす貧しい家族。その一人息子が、姉の偽造した書類を通して高級住宅街に暮らす一家の家庭教師に行く日、汚れひとつない靴を履いていた。

『パラサイト 半地下の家族』(以下、『パラサイト』)序盤のシークエンスを見ながら、ある話を思い出した。日本の若いホームレスのことだ。NHKクローズアップ現代による書籍「助けてと言えない 孤立する三十代」によれば、いま若いホームレスは一見、格好はそう見えず、一般人と変わりない。自分が誰にも相談できず、貧困を隠そうとするためだと書かれていた記憶がある。すぐに見抜けないのだ。

だが見分ける方法がある。靴を見ればいい。見た目がそれなりでも、何日も、あるいは何カ月も外で寝起きするので、靴がボロボロになるためわかるそうだ。映画での富裕層の家族は、貧困層の人間が偽造書類で応募したことを見抜けず、教師に採用する。

寓話

『パラサイト』は貧困層の家族が、富裕層の使用人に擬態して金銭を得ていく物語である。すでに『ジョーカー』から『天気の子』、『万引き家族』など貧困層と富裕層の乖離がモチーフの映画に注目が集まっているが、本作はその中でも撮影や脚本、劇伴の精微さ、優雅さは群を抜いている。

なにより映画のテクニカルさが、すべてコメディとして生かされているのが意味深い。富裕層の妻が意味もなく英語で喋ったり、隙だらけだったりするシークエンスをはじめ、上映中に何度も笑ってしまう。

いやコメディというのは正しくない。どうしようもない社会状況への風刺を意味しておらず、寓話として生かされているというべきだろう。

寓話とは笑えもするし恐くもあるが、どちらともいえない不可解なものでもある。貧困層と富裕層がまったく別れてしまい、ふたつが同じ社会を観ているようには見えないことを寓意として描いたのが、同じモチーフをいずれも “真剣に”描いていた先の作品たちと異なる。

序盤から中盤にかけ、貧困層の家族が徐々に富裕層の一家に入り込んでいくまでは、笑って観ていられる。劇伴もピチカートを生かした曲や、シニカルにクラシック音楽を使い、リズミカルな演出もあいまって素直に笑わせる。だが高級住宅にある秘密に気づいて以降、恐怖へと変わる。ここが単なる風刺と異なり、本作の格調高さの要因である。

笑いと恐怖がシームレスであることは、高級住宅街の地下に貧困層が潜んでいることに繋がる。そう、富裕層と貧困層ふたつは分かれておらず、背中合わせにある。優れた寓話がもたらす、暗い笑いと恐怖が住宅の設計レベルで表現されている。

悪意

映画がクライマックスを迎えるころ、富裕層の一家は、知らず知らずのうちに貧困層だと見抜く部分を見つけてしまう。匂いだ。

ここまでにも富裕層が見せる隙を風刺する演出が多かったが、彼らの悪意のなさを演出する意味もあった。寓意に引き上げたのは、悪意がないゆえの差別を描いたことだ。「地下室の匂いだ」という描写は、おそらく他言語や他文化であっても普遍的に伝わる、悪意なき差別ではないか(ここまでに、富裕層の家族が貧困層に対して一言たりとも「貧困なのは努力が足りないから」みたいな見解を示していないことも大きい)。

富裕層がまったく気に止めていなかった、貧困層への差別や蔑視がクライマックスでコンフリクトを起こす。犯罪が行われる。その後、ぞっとする感覚が残るなか、登場人物の一人が序盤の観客みたいに笑いだす。

寓話としての完成度を考えると、クライマックスから時間経過した最後の10分は蛇足である。とはいえ、ここで先述の貧困層を描いた映画と比較して、とても心に残ったシーンがある。最後に犯行を起こした人間が被害者に対して泣くのだ。

たった数秒のシーンだが、深いショックを受けた。というのも社会から追いやられた末に犯罪にいたる人間は自分こそが被害者だと認識しており、犯行を起こしたのも、恵まれた彼らこそが加害者なのだと感じているのがほとんどだからだ。

彼らは被害者に対して絶対に泣くことはない。少なくとも日本で、現実に起きた似た事件ではそうだ。自分を傷つける人間へやり返したに過ぎない、そう思っている。同じモチーフの映画を比較しても、主人公側が被害者という立場を崩していないと思う。

この一点だけは普遍的な寓話を超え、韓国における良心や倫理について考えてしまった。被害者を思って泣くシーンは、ここまでの映画の解釈も変わってしまうものだ。そもそもの貧困層である家族はどれだけ自分たちを被害者だと思い、富裕層を加害者だと思っていたのだろうか。

さらに翻って、現在活況を呈しているといっていい貧困層と富裕層の分断の映画を、貧困層側の被害者意識という点から考えていくと解釈も変わってくる。『ジョーカー』はどうだろう。『万引き家族』は。『天気の子』は。『パラサイト』は寓話が終わる最後、こうした問いを残していった。

(イラスト by 葛西祝
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映画『パラサイト 半地下の家族 』公式サイト

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この記事を書いた人

葛西祝のアバター 葛西祝 ジャンル複合ライティング業者

ジャンル複合ライティング業者。IGN JapanGame Sparkなど各種メディアへ寄稿中。個人リンク: 公式サイト&ポートフォリオ/Twitter/note