(by 満島エリオ

小学生のある年の夏休み、私はそのバンドと出会った。

母がツタヤで借りてきた『jupiter』という名前のそのアルバムを、当時現役だったカセットテープに落として、文字通り擦り切れるほど繰り返し聴いた。歌詞も曲順も全部覚えた。私の音楽は彼らから始まっていて、そこから色々なアーティストやバンドを広く聴くようになった今も、その音楽はずっとそばにいてくれたし、死ぬまで傍らにあると思う。

そんな私の原点の音楽・BUMP OF CHICKENの中でたった1曲挙げるとしたら、“ベル”という曲を選びたい。

≪重い体を最終列車に乗せて/揺れながらなぞる今日の事/ホームに降りて気付いた事は/無くした切符と猫背の僕≫
≪耳障りな電話のベル/「元気?」ってたずねる君の声≫

“ベル”は、ゆっくりとしたテンポでメロディの起伏も少なく、バンドの演奏も静かだ。うだつの上がらない日々を、陰鬱な気持ちを抱えて過ごす「僕」のところに「君」から電話がかかってくるという、それだけの曲。あえて言ってしまえば、地味だ。

だけど聴けば聴くほどに、サビで繰り返されるフレーズが耳から離れなくなる。
≪僕の事なんかひとつも知らないくせに/僕の事なんか明日は忘れるくせに≫
どうせ私のことなんか、どうでもいいくせに。

拗ねたようなその感情に覚えがありすぎて、私は何度でも胸をうたれてしまう。

「自分の人生の主役は自分」という言葉がある。これは真理だし、そう思って生きられるならとても健やかだと思う。でもこの言葉の裏にある「自分以外の人間にとって自分は脇役」という事実が覆るわけではない。自分で自分を特別に思ったり、大切にすることはできても、周りもそう扱ってくれることはまれだ。基本的にないと言ってもいい。

出会い頭に「君は天才だ」と才能を見出してくれる人も、苦しくて仕方のないときに颯爽と現れて助けてくれるヒーローもいない。時々絶望したり、涙が出るほどいいことが起きることもあるけれど、それすらフィクションのようにドラマチックではないし、他人からすればどうでもいいことだったりする。

“ベル”が描くのは、徹底したそういう日常だ。「無くした切符」とか「読まないマンガ」とか、私たちの周りに本当にあり得る景色しか出てこない。電話をかけてくるのだって、「特別な君」じゃなくて「僕の事なんか明日は忘れてしまう」ような関係性の「君」だ。起伏の少ないメロディも、考えてみれば平凡な人生に似ている。

絶望も、救いも、全部日常の中にある。それらはありきたりで、きっと周りからは見えてすらいない。だからこそ、「僕」の憂いを知りもしない「君」のなにげない「元気?」の一言が心を晴らすことだってある。“ベル”のサビはこう続くのだ。

≪僕の事なんか明日は忘れるくせに/そのひとことが温かかった≫

ありきたりな絶望や救いはいつも見えないところで起きて、終わっている。けれど、≪電話の後で僕が泣いた事を/いつまでも君は知らずにいる≫と結ぶこの曲は、見せない涙のそばにいてくれるのだ。

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Bump of Chicken公式サイト

Bump of Chiken公式You Tubeより、“ベル”収録のアルバム『jupiter』から“天体観測”のPVを

 

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