(by 蛙田アメコ

誰が自分の代わりに死んでくれた――そんな映画の話をしようと思う。

   * * *

人生を変えた一作、と言われて思い浮かぶ作品はいくつかある。

とりわけ、映画。映画はいい。映画はいつだって、私の人生を変えてくれた。そのうちの一作は間違いなく『パイレーツ・オブ・カリビアン』で、当時まだローティーンだった私が、今はなき「桜木町行」という電光掲示板をおでこにくっつけて走っていた東急東横線の車両内でジョニー・デップとオーランド・ブルームの顔の良さに打ちのめされて映画館にダッシュした日。あれがなかったら、ひとりで映画のチケットを握り締める胸の高鳴りも、真夜中にレンタルしてきた映画をひとりで再生する夜の短さも知ることはなかっただろう。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』のおかげで、英語の点数も上がったし、海賊と開拓の歴史について詳しくなった。ファンダムに飛び込んで年上の友達がたくさんできた。ジョニー・デップの過去の主演作品も手当たり次第に観まくって、監督・共演者・時代や歴史上の人物……枝分かれするように「好き」が広がっていった。

そんななかで、ジョニー・デップ主演の一本の映画が公開された。それがローレンス・ダンモア監督の初長編作品『リバティーン』である。ジョン・マルコヴィッチ主演の舞台の映画化だ。

17世期ごろ、名誉革命前夜のイギリスに実在した天才詩人、第2代ロチェスター伯爵ジョン・ウィルモットの生涯を描いた伝記映画である。詩作の才に恵まれ、チャールズ2世の寵愛をうけていたが、その才能ゆえに酒と淫蕩な生活に溺れていき33歳の若さで梅毒により世を去った。

ジョニー・デップ演じるジョン・ウィルモットの自惚が、虚無感が、苦悩が、それでも尽きない創作への執着が、当時十代だった私を揺さぶった。「舞台の上では舞い落ちるハンカチ1枚にも意味があるのに、この人生には何の意味もない」という慟哭が鼓膜に突き刺さった。「何者か」になりたくてもがきながら、ただ怠惰に人生を浪費して、それでも何かを創作せずにはいられない人間の苦悩がそこにあった。スクリーンの中のジョニーは、完全にジョン・ウィルモットその人だった。ジョニー・デップはすごい俳優だ。心からそう思う。

ウィルモット伯の後半生といったら酷いもので、美貌も栄誉も何もかも失った梅毒患者だった。彼はチャールズ2世との友情のために、たった一度だけその才能をただしく他人のために使った。落ちた鼻を銀の偽鼻でおおい、崩れた顔を白粉で塗り固め、麻痺した四肢を杖で支えて衆目の前に登場した。その文才と演説の才を全て使った素晴らしい王権擁護の演説を議会の場で披露し、そうして病床で神への信仰に回帰して死んだ。

その映画は、ジョン・ウィルモットの独白で終わる。「さて、これが私の人生だ。よろめきながら退場しよう。針先で踊る天使を眺めながら。……さあ、観衆諸君に問おう。これでもまだ、私が好きか? 今、私を好いてくれるのか?」……エンドロールを呆然と眺めて、映画館で初めて声を上げて泣いた。彼の苦悩は私の苦悩だ。彼は、私のかわりに死んでくれたのだ――と。

それからだと思う。幼いころから漠然と抱いていた、自分は将来ものを書いて生きるんだろうなという予感。それが確信に変わった。だって、ジョン・ウィルモットは私のかわりに死んだのだ。なるべく健康的に、けれどもこのロクでもない世界を愛しながら何かを書いていこうじゃないか……と、そう思ったのだ。だって、そうしたら誰かが私を好きだと言ってくれるかもしれないから。

文章を書いてお金をいただくようになるまでに、自分の怠惰と臆病のせいでずいぶん時が経ってしまった。自分の才のなさに落ち込んだり、自分より凄い人がわんさかいて怯えることばかりだ。お酒に逃げたくなる日は週に8日はある。

そんなとき、私は『リバティーン』のDVDを再生する。私のかわりに死んでくれた、愛しく愚かで才能溢れるジョン・ウィルモットに「それでもまだ、あなたが好きだ」と答えるために。

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映画『リバティーン』(2004)allcinemaページ

 

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