(by とら猫

『スター・ウォーズ』が完結した。ジョージ・ルーカスが四十二年前に生み出した壮大なスペースオペラが今、令和元年のこの年についに(ひとまず)幕を閉じたのである。

旧三部作の興奮をリアルタイムで体験していないせいか、わたしなんかは筋金入りの『スター・ウォーズ』マニアというわけではない。それでも新三部作と続三部作については、いずれも封切り後まもなく、胸をときめかせて劇場へ足を運んでいるくらいには忠実なファンである。

さて、すでに賛否が渦巻く『スカイウォーカーの夜明け』。結論から言うと、自分はめっちゃ楽しめた。

いやね、確かにあれっと思ったよ。フォースにそんな芸当できたっけとか、いくらなんでもワープしすぎじゃねとか、ふつうにみんな船で荒れ狂う大波渡れてるじゃんとか。そりゃもう突っ込みたいところは五分に一回くらいありましたさ。

が、白状しよう。わたしはもうディズニーに魂を売っている。

『スター・ウォーズ』の権利をディズニーが買い取ったとき、大半の映画好きは怒った。ぼくも怒った。ねずみ死ね、とすら思った。同時に危機感を抱いた。このままでは、世界のエンタメはディズニーに牛耳られてしまう。だからこそ、わたしは銀河帝国に反旗を翻したレジスタンスのごとく、断固ディズニーと戦っていく覚悟を固めたものだ。

が、敵は強すぎた。ディズニー資本による初のシリーズ作『フォースの覚醒』は、旧三部作のファンへの配慮が、テレビの特番で総合司会を務める中居くんばりに行き届いた、あらゆる世代のオーディエンスを受け止める屈強な作品だった。その後もスピンオフの『ローグ・ワン』『ハン・ソロ』そして『最後のジェダイ』と、ディズニーはエンタメを知悉した王者らしい、高性能なスターウォーズを次々と投下。わたしは気がつくとディズニーを受け入れ、彼らのエンタメの奴隷と化していた。

奴隷になるとは抵抗を、考えるのをやめることだ。それは苦渋の決断である一方、「ディズニー許すまじ」という頸木から解き放たれ、彼らの映画を素直に楽しめるようにもなる。おかげで今では先の『ライオン・キング』ですら、これってわざわざ実写みたいにする必要あるのかよ……と訝りつつ、うひゃうひゃ楽しんでしまう体たらくなので、ひょっとするとわたしにはもう、『スター・ウォーズ』を正当に評価する資格はないのかもしれない。

そんなディズニーの奴隷にとって『スカイウォーカーの夜明け』は、突っ込みたくても突っ込むスキすら与えてもらえない、 エンタメわんこそば、みたいな映画だった。ディズニーが培ってきた娯楽の公式が惜しげもなく、矢継ぎばやに注ぎ込まれる。もう食えねっす、腹パンっす、勘弁してください、ねずみーさん。こうしてディズニーは観ている者を満足させ、多幸感に包ませる。げに恐ろしいが、ディズニーの奴隷にとってそれは悦びである。

そういうわけで、わたしは『スカイウォーカーの夜明け』を楽しめた――いちコンテンツとして。凄腕コンテンツ職人エイブラムスの面目躍如といった感じで、彼の下には今後も大作のオファーが舞い込むことだろう。

何よりわたしが今一番お気に入りの俳優アダム・ドライバー扮するカイロ・レンが、弱いだの中二病だのキレキャラだのさんざん弄られてきたあのカイロ・レンがついに、ああ! うう! えええ!(言語化不能)となる展開はベタながら熱く、今もちょうど、継ぎ目がオレンジ色に光るヘルメットをネットで物色しているところである。

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(c)2019 Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.
映画『スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』公式サイト

 

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