(by 須藤裕美

ハリー・ポッターシリーズ(以下:ハリポタ)を読むためには、二週間は外界から完全にシャットアウトして家に引きこもる必要がある。なぜならあのすばらしい世界に浸るためには、それぐらいの準備と覚悟がいるからだ。本書を読んでいる間、わずらわしい仕事や交友関係などに邪魔されたくないわけだ。スマホの電源は、できれば切りたい。ゆえに、だからこそ友人が非常に少ないという著者の非リア充で不憫な事情はさておき、そこまで私を心底夢中にさせた本は、この世でただひとつ、ハリポタシリーズだったわけだ。

ハリポタほど、全世界に多大なる影響を与えた本はないと思う。作者のJ・K・ローリングが、シングルマザーの生活保護で暮らしていたとき、カフェでコーヒーを一杯注文しただけで、店内で粘って書いた作品が『ハリー・ポッターと賢者の石』らしいのだが、彼女の頭の中だけに浮かんでいた物語は、この世に生きるほとんどのひとの心を虜にすることになった。ハリポタの売り上げ自体、全世界で一番売れているという聖書に迫る勢いらしい。いまでは医師と再婚して、豪華な生活をしているローリングだが、環境が変わっても、彼女が生み出したハリポタは、いまもそうして全世界に影響を及ぼし続けている。

そんなハリポタ好きな私が、果たしてハリポタにいくらぐらい投資したかと考えてみると、最初に出たハードカバー版、途中で出た携帯版、最後に出た文庫版と、ぜんぶで三種類、その都度コレクションのように全巻買っている上に、そのほか作中に出てくる教科書や料理本なども含めると、結構な額になるだろう。もちろん作中に出てくるおいしそうな(?)お菓子の、蛙チョコレートや百味ビーンズなど、当時はコンビニでも売られるほどハリポタは人気を博していたので、好んで購入していた記憶がある。さすがに味はいまいちだったと記憶しているが、ハリポタの世界にどっぷり浸かれたことは間違いない。

距離の関係で、いまだに足を運ぶことがかなっていないのだが、USJにはハリポタの世界観を再現したアトラクションがあるらしい。噂のバタービールも飲めるということで、関東住まいでなければきっと、年パスを購入してでも通っていたことだろう。

ハリポタの世界に入るとき、自分自身が組分け帽子を被ったら……という想像のもと、自分で入る寮を決めてみる。やはり一番人気なのは、当たり前だが、ハリーたちが属するグリフィンドールであるが、私は正直、組分け帽子に「スリザリン」と言われるような気がしてならない(軽く怯えている)。作中では一番きらわれている寮であるものの、その独自の特性が私に似ていると思うのだ。しかしヴォルデモート卿に与する気はまったくないので(正義命!)、本当にできれば、せめてレイブンクローに入れてほしいと願ってやまない。レイブンクローは賢さに富んだ生徒たちの寮であり、早稲田卒(大学院も一応在籍→中退)の私には、ある意味ぴったりのような気がしている。もちろん大好きなハリー、ロン、ハーマイオニーの主役たち三人が属するグリフィンドールなら言うことなしであるが、残念ながら私は意気地無しで、いやなことからはさっさと逃げてしまうタイプのため、勇気を掲げるかの寮に、私は合わないだろう。非常に無念である。

誰でも経験があると思うが、本を読むと、その世界にトリップすることができる。だから私は、ハリポタの世界が大好きなのだ。いつまでもそこに浸っていたいから、先を読むのがもったいないと、ページを繰る手が止まることもままあるほどである。

どうしてそこまでハリポタが、私の琴線に触れたのか。いまでも謎なのだが、人生で初めてまともに、ひとりで読んだ本は、ハリポタシリーズが初めてだった(小説家の端くれとして情けないが、紛うことなき事実である)。両親がどちらも読書家で、よく私に本を読んでくれていたのだが、そのせいで本は読んでもらうものと学習してしまい、自ら読むことはほとんどなかったわけだ。私が高校生の頃、ハリポタのハードカバー版が発売され、父が買ってきたその本を、夜を徹して読みふけっていた。不思議なことに、いつ読んでもハリポタの物語は色あせない。ハリポタはそれほどまでに、こんな私を夢中にさせた。

正直、シリーズの途中からファンタジー要素が薄れてきたことや、恋にうつつを抜かすようになったところなどは、初期三部作のようなファンタジーを求めていたファンをがっかりさせ、読者を減らす要因にもなったようだが、それでも最後まで付いていくひとたちは世界中にたくさんいた。無論のこと、私もそのひとりだったわけである。

しかしストーリーに関して言えば、納得できないところが多々ある。以下、ネタバレを少し含むため、読みたくない方は、遠慮なく飛ばしていただきたい。

チョウ・チャンとのあっさりした別れ、ジニーとの唐突な恋など、恋愛面においては突っ込みどころが満載である(いつジニーを好きになった!?)。はっきり言えば、この手の物語に恋愛はあまり深いところまで入れてほしくなかった。「謎のプリンス」では、ハーマイオニーが本当に可哀相だし、鈍感過ぎるロンにも嫌気が差すこと請け合いだ。

また最後、ヴォルデモート卿との戦いにおいて、相手は死の呪文である「アバダケダブラ」を使っているというのに、ハリーは初期に習う武装解除呪文の「エクスペリアームス」で対抗していた。どう考えても勝てないだろう!? なぜ勝てる!? と、つい本に向かって、また映画を見ながら、突っ込んでしまったほどだ。

ちなみに私――裕美の部屋には、全巻ある本だけでなく、映画のDVDもまたすべてそろっている。外国人なのですぐ成長してしまうが、ハリーたちがリアルに育っていくさまは必見なので、ハリポタの世界に入るときは、映画を一緒に観ながら本を読むことをぜひお勧めしたい。

大好きなハリポタのシリーズは、果たして私を根本から変えたのだろうか? 今回のエッセイのテーマである「私を変えた一冊」になっていたのだろうか? 私の人生において大きな影響を与えたことには違いないが(それだけの時間やお金も投資しているのだから)、しかし引きこもりたい衝動に駆られてしまう物語ではある。辛酸を嘗めるような現代社会にうんざりしたさいには、確かな逃げ場所になるのは間違いないだろう。

自らの人生の路頭に迷っている世の中のひとびとは、ぜひハリポタを読むことをお勧めしたい。そうすることで、9と4分の1番線から、すばらしい世界へと旅立つことになり、このうんざりするような世知辛い日常から、少しでも解放されるだろう。ハリポタはそんな世界を私に見せてくれた、大切な本である。

++++
(C) Warner Bros. Entertainment Inc.

 

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