(by 冬日さつき

「何があなたを生かして、何があなたを滅ぼすか」という問いに、「疑問を持つこと」と答えたことがある。小さなころから常にわたしの頭の中には疑問があふれていて、いつでも考えることをやめようとしなかった。いつか大人になったら、すべてのことを知れるようになるのだと信じていた。

どちらかというと、恥ずかしがり屋だったと思う。幼稚園、小学校の頃のことを思い出すと、はっきりと意見を言ったりすることを、あまり好まなかった。自分の考えていることが大人の求めているものとちがうと察したときには、いつもかたく口を閉ざした。

そんなふうに生きてきて、大人と呼ばれる年齢になってから見つけたのがフランスのドキュメンタリー映画『ちいさな哲学者たち』だった。

コロンビアの大学教授、マシュー・リップマンが提唱する“こどものための哲学”は、子どもがもともと持つ考える力を、話し合うことでさらに高め、認知力や学習力、生きる知恵へとつなげていく。その考えをもとに、フランスの教育優先地区にある幼稚園で世界初の試みが始まった。3歳からの2年間、哲学の授業を設けるというもの。その様子を記録したのがこの映画だ。

教室でろうそくを灯し、「火は疑問への答えを探し始める合図」だと先生が言う。子どもたちははじめこそ戸惑いながら、自分たちの意見をつたない言葉で少しずつ交わしていく。「リーダーとは?」、「恐怖とは?」、「死とは?」、「自由とは?」。はじめは、親やまわりの大人が言っていることが、そのまま言葉として出てきているだけなのでは? と疑問を持ったけれど、少しずつ子どもたち自身の意見がちゃんと見えてくる。

たとえば、「なぜ貧しい人は貧しいの?」という話で、物乞いをしている人を見た女の子は「わたしがどうしてお金をあげないのと聞いたら、パパたちは『どうでもいい、急がないと遅れる』と言った。だけど、もしわたしが貧乏だったら、何も買えなくなる」と少しずつ自分の気持ちをしぼりだしていた。彼女は親の行動を観察しているだけではなく、自分にきちんと置き換えて考えているのだ。

「愛とは?」というテーマでは、「恋人たちはごめんなさいを言えないとだめ」、「謝れないと愛はおしまい」、「ごめんなさいを言わなくなると愛し合わなくなって、ほかの恋人を探す」と、本質を突いた言葉が出てくる。

先生はあくまでも補助的な役割で、どの意見にも否定的なコメントはしない。これはとても重要なことのように感じる。道徳的に良くないとされる言葉を子どもたちが発したとして、それを制限するのは哲学の仕事ではない。「どうしてそう思うのか」を徹底的に考えることこそが、重要なのだ。このような授業の上で、絶対にやってはいけないことは、大人が定めた正しい考えを植え付ける行為だと思う。この授業ではそれをしない。たとえば、「黒人じゃなくて白人がいい」と答える生徒に先生は、「それはどうして? 理由を説明できる?」と聞く。

このような問いは、大人になったわたしたちにもいつまでも有効だ。しっかり考え、違う意見も聞いて、とことん話し合う。「砂場で友だちと死と愛について話をしたの」と言う女の子の表情を見て、わたしもいつまでも考えるのをやめないでおこうと決めた。

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(c) Ciel de Paris productions 2010
映画『ちいさな哲学者たち』公式サイト

 

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