(by 満島エリオ

“こんなに好きなのに、こんなに頑張ってるのに、どうして報われないんだ”

本気で何かを目指したことがある人で、こう思ったことがない人はいないんじゃないだろうか。
好きなことで一番になる。なんて素敵な言葉だろう。
でもそれは、終わりなき地獄の旅でもある。
『ブルーピリオド』は、美術の世界における地獄へ踏み出した、高校生の物語だ。

*

不良だけど成績優秀で要領のいい高校生・矢口八虎。なんでも要領よくこなす八虎は、その一方で日常に手ごたえのなさを感じている。
そんなある日、美術の授業の「あなたの好きな景色」という課題で、八虎は青く染まる渋谷の景色を描く。早朝に見た渋谷がなんとなく青く見えて、その光景が好きだったから。
その絵が思いがけず褒められて、八虎は思わず涙ぐむ。
“その時生まれて初めて ちゃんと人と会話できた気がした”

効率至上主義だったはずの八虎は、そこから自然と絵を描くようになる。
“お絵描きって趣味でいいんじゃないの?”
“こんなの時間の無駄”
そう思うのに、授業中に教室の風景を描いてみたり、わざわざ美術の先生のところに行ってアドバイスをもらったり、よくわからない思いに突き動かされて、徐々に描くことにのめり込んでいく。
今までの人生では考えられなかった自分の変化に戸惑いながら、恐る恐る八虎は尋ねる。
「美大って 俺入れると思います……?」
先生はビシッと答える。
「わかりません! でも好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!」
その言葉に心臓が動き出したような感覚を抱いた八虎は、美大の最高峰・東京藝術大学を目指すことを決意する。
それは「好きなことで一番になりたい」という過酷な道のりの始まりでもあった。

本格的に絵を学びだした八虎が知ったこと。
絵を描くのには膨大なテクニックや知識、手法があること。学校で一番絵が上手い森先輩が、予備校では下から五番目だということ。予備校で圧倒的にデッサンが上手かった男の子・世田介が放った「初めて描きました」という言葉。
能力面だけじゃない。安定志向の母親から「なんでそこまで藝大に行きたいの?」と言われ、“俺が藝大目指すのってそんなのおかしいこと?”と思いながら、言い返す言葉が出てこない。

世田介から「美術じゃなくてもよかったクセに…!」とぶつけられるシーンがある。八虎は「俺の絵にもっと説得力があったら あんなこと言われなかったんだ」と涙を流しながら一人キャンバスに向かう。

本気になった時だけ、人は本当の意味で悔しいと思うことができる。
八虎は絵に本気だった。だから泣くほど悔しかった。
何かを本気で目指す人は、いつか必ず“こんなに好きなのに”という壁にぶち当たる。
でも、本気で目指し続けた人なら同じようにわかるはずだ。
どれだけ好きかという「気持ちの勝負」ではないということを。

いい絵だから選ばれる。上手いから一番になる。
笑えるくらい明瞭に、残酷に、ただそれだけのこと。
だからこそ、「一番」には価値がある。それを目指す意味がある。

「好き」という感情は人を突き動かす。
自分が上手くできること、褒められることが好きなのは当たり前だ。
「好き」の真価が問われるのは上向いている時じゃない。選ばれなかった時、一番になれなかった時、天才じゃないって思い知った時だ。
死ぬほど悔しくて、届かなくて、それでも「それ」が止められないのなら、きっとその「好き」は本物だ。

『ブルーピリオド』は当面、八虎が藝大に受かるのかを軸に進む。
だけど、この物語のメッセージはそこではない。藝大に受かっても、落ちても、嫉妬と絶望の地獄は続く。好きなことで選ばれたいと願う限り。
地獄の中で八虎がどこまで絵を描き続けられるのか。
きっとそれこそが、才能というものの真価だ。

++++
© Yamaguchi Tsubasa 2019
マンガ『ブルーピリオド』公式サイト

 

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