【名画再訪】『プリシラ』~11歳の私を支えたドラァグクイーン~

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(by こばやしななこ

人に映画が好きだと話すと、よく「一番好きな映画は?」と尋ねられる。

私はその時、ほとんど本当のことを言わない。だって個人的な思いが強すぎる映画を答えたって、盛り上がらないじゃん。だから一番好きな映画のことは、一部の親しい人たちにしか話してきてない。

本当に一番好きなのは1994年のオーストラリア映画『プリシラ』である。これは私にとって、めちゃくちゃ大切な作品だ。

初めて観たのは、たぶん、小学校低学年の頃だ。作品を気に入った私のために母が何度もVHSをレンタルしてくれ、最終的にダビングしたVHSを家に置いていた。

内容は、世代の違う3人のドラァグクイーンがシドニーから田舎のホテルまでバスで巡業に出かけるロードムービー。ハリウッド映画と比べるとずいぶん低予算で作られているが、ドラァグクイーンの軽口の叩き合いや、奇抜な衣装、口パクで踊るショーシーンなど、純粋に楽しめる要素の多いエンタメ映画だ。

ディズニープリンセスとお人形遊びで育った私は、ドラァグクイーンのフリフリキラキラな衣装や、“しな”を作る仕草に魅せられたんだと思う。そんな私は後々、目一杯ぶりっ子した姿を「IKKOみたい」と評価される(光栄です)ことになる……がそれはまた別のお話。

小学5年生になる春、私は母の実家である祖父母の家に引っ越した。うちの母と祖父母はあまり仲が良くなくて、私も祖父母に懐いていたわけじゃないので、気の重い引っ越しだった。

学校は思った以上にすんなり馴染めて新しい友達もできたけれど、ホッとしたのか、秋になると急に体が動かなくなった。

朝、ベッドから起き上がれない。頑張って学校に行くも気持ちが悪くなり、床にへたり込んでしまうことが続いた。学校へ行くのがとにかく辛かった。

ある時、クラスメイトが病気で連日学校を休んだことがあって、「私も休んだら良くなるかも」と母に数日休ませてくれるよう頼んだ。(これが言えた私、偉いよね)

しかし、数日経っても体が快調になることはなく、学校を休んでちょうど1週間後に担任がクラス全員に書かせた私への手紙が届いた。それを読みながら「えらい大ごとになっちゃったなぁ」とぼんやり思った。

気づくと私は、不登校の生徒になっていた。

私の症状には「自律神経失調症」と病名がついた。

病名はついても家では結構元気にしているので、親戚は激怒した。向かいに住む親戚のおばさんから「学校だけは行かないといけないよ!」と鬼の形相で言われた私は、何も答えられず、俯いて一点を見つめるしかなかった。

「明日こそは行けるかな」「また学校においでって友達や先生から連絡が来るかな」とプレッシャーを感じ、眠れない夜が続いた。学校に行けない自分は「普通」からこぼれ落ちてしまった。そしてもう二度と「普通」には戻れない気がした。

学校に行けない期間、私は自分の部屋ではなく、テレビの置いてある部屋を寝室にした。眠りに落ちるまで余計なことを考えないよう、『プリシラ』のVHSを再生しておくためである。

『プリシラ』を繰り返し観ているうちに、私がこぼれ落ちたと思っている「普通」がいかに狭くてつまらない概念か分かるようになった。映画に出てくるドラァグクイーンはそこからははみ出している。だからって何なんだ?普通じゃなくたって、生きていくことも、幸せなることもできるじゃん。深刻に悩んで、アホらし。学校に行けないくらい大したことないよ、ななこ。『プリシラ』はただ楽しい映像で憂鬱を忘れさせてくれただけじゃなくて、生きる希望をくれた作品なのだ。

都会では人気のドラァグクイーンたちは、田舎へ行くほどに町の人々から白い目で見られ、差別的な暴言で傷つけられた。田舎はオーストラリアも日本も同じ。その町の「普通」に当てはまらない者は、受け入れてもらえない。

「都会は嫌だと散々グチったけど、結局は都会の壁が私たちを守ってくれてたのね」

これは3人のうち一番年長である、ベルナデットのセリフだ。

新幹線も通っていないどころか、21世紀にもなって汽車が運用されていた田舎町に住む私は、彼女の言葉を信じ、東京に出ようと決意した。都会の壁の内側へ逃げよう。辛い経験は冗談にして、あの3人みたいに笑い飛ばせばいい。

体調が回復し学校生活に復帰した私が、中学を卒業する時に寄せ書きに書いた将来の夢は「東京に住む」だ。

そして現在、私は東京に住んで11年になる。

学校に行けなかったくらいで人生ダメにならないし、むしろ学校に行く意味ってなんだよ?と大人に言ってやったらよかったのに、と今なら思う。

でも、11歳の弱い私にはそれが出来ず、毎晩『プリシラ』を流しながら眠れない夜を過ごしていた。もし、あの頃の私に伝えられるなら、こう言ってあげたい。

「あんたがそうやって『プリシラ』に影響されてくれたおかげで、私は今、つまんない普通に縛られずに自由で幸せに暮らせてるよ」

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(c) ヘラルドエース、(c) ヘラルド、(c) 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
映画『プリシラ』allcinemaページ

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この記事を書いた人

こばやしななこのアバター こばやしななこ サブカル好きライター

サブカル好きのミーハーなライター。恥の多い人生を送っている。個人リンク: note/Twitter