アレクサンドル・アジャは真の漢(おとこ)だ。それは論を俟たないが、ここ最近のアジャのフィルモグラフィーに物足りなさを感じていたホラー映画ファンは少なくないのではないか。わたしなんかはそうだ。

いや『ホーンズ』や『ルイ』だって悪くはない。ゾンビ映画の巨匠ロメロですらゾンビの出ない『ナイトライダーズ』を撮っている。いくら好きだからって、ごりごりホラーばかりを撮ってもいられないのだろう。気持ちはわかる。

が、アジャの場合『ハイテンション』から『ヒルズ・ハブ・アイズ』そして『ピラニア』へと至る流れが完璧すぎて、ジェームズ・ワンやイーライ・ロスと共に主導してゆくであろう、新たなホラー映画黄金期へと当時胸を躍らせたわたしなんかは、ここ数年のアジャの方向転換に煮え切らない思いを募らせていた。

おれたちが観たいのはちょっと奇妙なファンタジーじゃない。真の漢アジャが撮る、真のホラー映画が観たいんだ。

そこへやってきたのが『クロール』。ワニ映画である。そう、アジャがごりごりホラーへ戻ってきたのだ。

そしてアジャはやはり真の漢だった。すべてをわかっている。本作は冠水した家のなかで父娘がワニと戦うという映画で、ものすごく端折って聞こえるかもしれないが八割方合っている。そこにはおれたちが観たいもの、観たかったものがすべて詰まっている。

何はともあれワニだ。とりわけ初登場時のインパクトが素晴らしい。映画の序盤でメインの殺人鬼やモンスターが「顔見せ」的に登場するのは、ホラー映画のお約束だが、玉石混交がはなはだしい同ジャンルを観慣れているわたしなんかは、この顔見せシーンで作品のクオリティを計る癖が染みついている。そしてたいていその見立ては正しく、こうしたシーンの出来がいまいちだと、ビデオなんかでは早送りですっ飛ばして観てしまう。こういったホラーファンは多いと思われ、ゆえに制作する側にとっても力が入るポイントであろう。

『クロール』はどうか。さすがは豪の者アジャだ。出し惜しみを一切しない。これほど大胆な構図でワニをいきなりぶち込んでこられるのは、腕に自信があるからこそ。名店の豆腐は醤油をつけなくても美味い。CGの粗が見えてしまうことなど、アジャはまったく恐れていない。

自分が撮った極上のワニを、客がもっとも求める形で食わせるのみだ。

こうしてのっけからワニ汁を全身に浴びたわたしはもう、幸せなにやけが止まらなくなった。今後はそれを上回るワニの暴れっぷりを堪能できるのだと、この顔見せシーン一発で約束されたからである。

そしてワニたちはどう猛だ。登場人物がヒエラルキーに関係なく咬まれるところも、ワニの非情っぷりが伝わってきていい。数も多い。でかい。自分はこんな状況で頑張れる気が毛ほどもしないが、主人公の父娘はあきらめない。どうやらかつては水泳版『巨人の星』を地で行くようなスポ根父娘だったらしく、そうした過去を仄めかせる会話が、どんな窮地でも機転をきかせて、雄々しくワニに立ち向かっていくふたりの強さに説得力をもたせる。

個人的にホラー映画を一番楽しめるのは九十分くらいの長さだと思うが、『クロール』はまさにそう。決してやり過ぎず、かといって足らないこともなく潔く終わらせる。さすがアジャだ。これで千九百円はむしろ安すぎるくらいだろう。

ちなみにワニ映画といえば、動物パニックホラー映画の名手ルイス・ティーグの『アリゲーター』に触れないわけにはいかない。まだCGなどなかった80年代初頭に、はりぼてとクローズアップを巧みに用いて緊張感たっぷりのワニ映画を創り上げたルイス・ティーグもまた、真の漢であることを付け加えておこう。

ワニがあればそれでいい。

そういった方は『クロール』を観れば、きっと満腹になれるはずである。

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映画『クロール ―凶暴領域―』公式サイト

 

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