【ラノベレビュー】並木飛暁『いざ、しゃべります。』で語られる、リアルな落研の青春譚

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(by 蛙田アメコ

◇部活=青春とは言うけれど

人間の数だけ人生があり、人生の数だけ青春がある。

青春グラフィティにおいて必ず取り上げられる物語上のファクターといえば、部活である。

野球部。
吹奏楽部。
バスケ部。
剣道部。
バドミントン部。
カバディ部。
エトセトラ、エトセトラ。

多くの部活の青春が、コミックや小説で描かれてきた。
しかし、ある部活についての描写は、いつでも青春とは程遠いところにある。

――筆者が所属していた、落語研究会、いわゆる落研(オチケン)である。主に大学に存在しているサークルだ。文科系サークルのなかでは、歴史があったりなかったりする。
が、物語においては、いつも脇役。着物姿で高座扇を持ち、ときどき掛詞(~とかけて、~と解く。その心はってやつだ)なんてかますギャグ要員。彼らはいつもナヨナヨとしていて、青春をかけた熱い部活とは対極にある……落語研究会というのは、フィクションの中ではずっとそういう存在だった。

いや、でもねと。私は言いたい。
落語研究会って人たちも、意外と青春してたりもするんだぜ。


◇落語研究会ってどんな部活なの?

はてさて、2019年に一冊の本が出版された。

並木飛暁『いざ、しゃべります。』(メディアワークス文庫)https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000324/

コミュ障で引きこもり、大学を留年してしまった「わたし」が、ひょんなことで出会った落研部員の西杜亭ビハインド。一度聞いたことはすべて覚えてしまうというわたしの能力を知ったビハインドに、無理矢理落研に入部させられて……。実は西杜大学落語研究会は廃部寸前。そんな落研に所属する、くせの強い先輩たちを通して、落語の面白さと何かに熱中することの楽しさを知るわたし。そしてついに、わたしは全国大会に出ることになり……。

(『いざ、しゃべります。』あらすじより

「落語研究会ってどんな部活なの?」という疑問にはこちらの小説をお読みいただきたい。キャッチコピーはずばり「落語に青春をかける学生たちの、笑いと涙の感動グラフィティー」だ。おもに、全国大会に青春をかけている落研会員の話だ。落語研究会の活動というものは、大学ごとに似たり寄ったりで、それと同じくらいに似ても似つかない。

・全国巡業(老人ホームで落語をさせていただいて、一晩泊めていただいているする)
・学園祭での大規模な寄席(寄席、というのはたいがいが発表会のことを差す)
・各種、イベント系の寄席(新入生歓迎や3年生が中心として行う発表会)

おおむね、学内ではこんなことをやっている。
それとは別に、大学の落研内であんまり居場所がなかったり、落語への情熱が高かったりする部員たちが、大学を超えた交流……インターカレッジ、いわゆるインカレをして交流寄席を開いたり、あるいは全国大会を目指したりする。

全国大会。

青春の代名詞である。

岐阜県で2004年に始まった策伝大賞( http://www.sakuden.jp/list/index.html)が最大規模で、筆者が学生のときには「全国」といえばこの策伝大賞だった。
当時は200名のうち10名弱が決勝に進出できる、という規模感だった。大学4年間で2度決勝に進出したのだけれど、決勝に行けるかどうか、その1点にとんでもなくナーバスになっていた。そのナーバスさを共有している当時の仲間(北は北海道から南は……覚えてないや)とは今もよく連絡を取り合っているし、結構仲がいい。ちなみに、決勝で戦った友人の半分くらいがプロの落語家になってしまった。自分も当時は、落語家の道に進もうかと考えたこともあったけれど、なぜか今の肩書は兼業ラノベ作家だ。意味が分からない。

そのほかにトーナメント形式の策伝大賞に対抗して発足した総当たり方式を取り入れた大会もあり、『いざ、しゃべります。』はそちらをモチーフにしたと思しき架空の大会が登場する。
この作品、『いざ、しゃべります。』では、そんな全国大会に挑むことをみずみずしい筆致で描いている。大会というのは、敗退するものがいて、勝ち上がるものがいる。全国ということは、身近にいるスゴイ先輩があっさりと打ち負かされたりもする。部活における青春の8割は、敗退でできているといっても過言ではない。全国制覇をする人以外は、みんなどこかで敗けるのだ。

『いざ、しゃべります。』には、青春を煮詰めたみたいな敗退と、ちょっぴりの勝利が描かれているのだ。その、ちょっぴりの勝利をぜひ読んでほしい。

(余談だけれど、落研文化の感じ的には、おそらく、中部~関西の落研さんに取材したのかしらと睨んでいる)


◇けっこうリアルだぞ『いざ、しゃべります。』

さて、落語研究会という、日向の人生を歩んでいる方から見れば地下組織というか秘密結社というか、なんとも掴みどころのない集団である。
先述したように、大学ごとにどんな活動をしているのかという文化が違うのも落語研究会の特徴だが、だいたいの落語研究会という組織は、

・コミュニケーションが非常に苦手な学生のリハビリ機関としての落研
・珍妙な高座名(芸名みたいなもの)での活動
・とても独特なオジサン(ときおり、OBだったりもする)との遭遇

などの全国共通の経験を持っている。
全国津々浦々の現役落研生とOBOGから好評な本作は、こういった「あるある」を特に鮮やかに描いているのだ。

部活としての落語研究会に興味のある方も、きっと楽しめる一冊だ。


◇あれは確かに青春だったのかもしれないし、今も青春のド真ん中なのかもしれない

いま注目の漫才コンビまんじゅう大帝国が『いざ、しゃべります。』の帯を書いている。

「落語とは?自分らしさとは?そんな途方もない事と向き合った四年間は今思えば確かに青春だったのかもしれない。また落語したくなっちゃったなぁ。」

と。なるほど、いいえて妙である。まんじゅう大帝国とは、これまた落語研究会つながりでお酒をご一緒したことがあるのだけれど、こうして青春を振り返っている彼らもいまは漫才というフィールドで戦って、やっぱり青春しているじゃないか……とひどく眩しく思ったのを覚えている。

落語研究会に入ろうなんていう人間は、どこかズレていてヒトとしてのリハビリが必要な人間が多かった。落語をはじめたあのときが、やっと青春を始めた第一日目みたいな人たちばかりだった。
落語家として、芸人として、あるいは木っ端ラノベ作家として、あの日の青春の続きをしている友達と会って話がしたいなと。自然とそう思える作品だった。

『いざ、しゃべります。』には、遅すぎるうえに不器用な青春を「えいや!」とはじめたばかりの落研部員たちの、だいぶリアルな空気が描かれている。
かつての青春を振り返りたい人の、いつまでたっても終わらない青春のド真ん中に立っている人に、小さく、あるいは大きく響く作品だ。

落研だって青春しているんだ、ということを見つけてくれた人がいることが、なんだか照れくさくて嬉しい一冊だった。
ぜひ、一読してみてほしい。

+++++
(c) メディアワークス文庫
並木飛暁著『いざ、しゃべります』 amazonページ

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この記事を書いた人

蛙田アメコのアバター 蛙田アメコ ライトノベル作家

小説書きです。蛙が好き。落語も好き。食べることや映画も好き。最新ラノベ『突然パパになった最強ドラゴンの子育て日記〜かわいい娘、ほのぼのと人間界最強に育つ~』3巻まで発売中。既刊作のコミカライズ海外版も多数あり。アプリ『千銃士:Rhodoknight』メインシナリオ担当。個人リンク:  小説家になろう/Twitter/pixivFANBOX