【映画エッセイ】もういちど、ライブエイドの観客になってみる~私はフレディ・マーキュリーの“生”に応えたい~

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(by 安藤エヌ

突然だが、私は10代という多感な時期に心を病み、人生のドン底を味わったことがある。
あの時のことは忘れようにも忘れられず、毎日「死んでしまいたい」と思っていた。どんな映画も音楽も小説も、空虚な身体を通り抜けていくだけ。感情を動かすことはほとんどなかった。
さながらリビング・デッド(生きながらして死ぬ)だ。そんなゾンビのようだった私が、形だけでも社会に復帰し、好きな作品についてこうして語ることが出来ている今を、大げさでも誇張でもなんでもなく人生で起きた最大の奇跡だと思っている。

大好きな作品が、人が、私に生きる力を取り戻させてくれた。
ズタズタに傷ついた心をかつて抱いていたからこそ、同じように苦しみもがき、それでも生を謳歌しようとする、愛を覚える人たちが好きだ。人間らしい人間を、とても深く愛したくなってしまう。ちゃんと傷つき、ちゃんと歓びを感じられる人たちを。

そんなわけで、今回は『ボヘミアン・ラプソディ』について――とりわけ映画の終盤で観客のボルテージが最高潮になるライブエイドのシーンについて、筆を執ってみようと思う。アカデミー賞4冠に輝いた本作だが、私も絶賛(まだまだ)ヒートアップ中であり、映画を通して本家であるQueenにもハマってしまい、平たくいえば「ボ・ラプに出会えて人生がめちゃくちゃ楽しい」。
日がな彼らのことを考え、彼らの音楽を聴く毎日が私の生きがいになりつつある。

彼らが出演した全公演においても突出して“伝説”と称される、1985年に開催された世界最大規模のチャリティーコンサート、ライブエイド。映画では当時Queenがパフォーマンスをしたそのままの様子を事細かに、一寸の隙もなく見事に再現している。
ボーカルであるフレディ・マーキュリーはもはや説明不要といってもいいカリスマ性を備えた人物で、惜しまれながらも1991年にエイズでこの世を去ったことは世界中でニュースにもなった。
そんなフレディが、アカデミーで主演男優賞を受賞したラミ・マレックにより華麗にステージ上へと舞い戻ってきた。生前のフレディをたまにTVで観る機会しかなかった私はその、スクリーンで縦横無尽に歌う彼の姿を見て、胸がつかえるほどの感動を覚えた。

「生」が迸っている。

そう、剥き出しの心が感じていた。フレディは自分の生をこれでもかと眩しく、唯一無二の色彩を放ちながら揮発させていた。神々しい、ともいえるし、どうしようもなく人間じみている、ともいえる不思議なオーラ。スタジアムの一番端にまで届く、彼の纏う空気に散っていくキラキラとした何か。うまく言葉に出来ないのはライター失格だと思いながらも、彼のこの魅力を、生きた証を、どんな言葉で収めることが出来ようか。いや、出来ない。それほどまでに、私はフレディ・マーキュリーという人間の熱を、生きた熱を、ライブエイドから感じた。もちろん、彼と共にQueenとしてステージに立ったメンバーそれぞれの音も、音を聴く器官としての耳を貫き、心を鷲掴んでわなわなと震わせたことはいうまでもない。

本作を観る度、ウェンブリースタジアムにQueenの曲を聴こうと押し寄せた観客のひとりひとりに、どうしてもドラマを見出してしまう。
『We Are the Champions』の演奏中、観客側に向けられたカメラに映る、1組の親子。父親と思わしき人物が鼻を赤くして涙ぐみ、息子が父の肩を抱いてまっすぐステージを見つめている。この親子を見て、Queenという存在が、彼らの音楽が、彼らを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』が、一体どれほどの人々の心を揺さぶったのだろうか、と思いを馳せる。
そして気が付けば、私は観客の中の1人になっている。辺りを見渡せば鼓膜をつんざく歓声。フレディと観客の「A-oh!」の掛け合いを経て、『Hammer to Fall』へ。我を忘れて、無我夢中でQueenの音楽を全身で浴びる。その時、私は自分の魂がフレディと、そしてQueenと呼応していることに気付く。

私は彼から「生」を分け与えられたのだ、と。

Queenから、私は生きる歓びを教えてもらった。そういう人たちが、きっとあのウェンブリースタジアムには大勢いたことだろう。ならば私は何度だってあの場所に戻っていくし、何度でもあの一瞬を、一瞬の歓びが永遠のものになる瞬間を味わいたいと思う。
フレディ・マーキュリーという人物が抱えた苦しみや葛藤、という部分にも私は共感することがあるのだが、それはまた次の機会にでも書きたい。彼は苦しかったかもしれないけれど、少なくともライブエイドでの彼は苦しそうに顔を顰めることはなく、むしろ本当に「生きる歓びを歌に変えていた」はずだと、私は思っている。

そんな彼の歌を――Queenの音楽を聴いて、私は今日も明日も、ずっと生きる歓びを知っていく。
愛してる、フレディ。私の永遠のロック・スター。
あなたから分け与えられた生きる力を、レコードを抱きしめるように大切に使っていきたい。

2019.9.5 フレディ・マーキュリー、73歳の誕生日に寄せて
9.4 安藤エヌ

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(c) 20世紀フォックス、(c) ニュー・リージェンシー、(c) GKフィルムズ、(c) クイーン・フィルムズ、(c) Queen
映画『ボヘミアン・ラプソディ』公式サイト

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この記事を書いた人

安藤エヌのアバター 安藤エヌ カルチャーライター

日芸文芸学科卒のカルチャーライター。現在は主に映画のレビューやコラム、エッセイを執筆。推している洋画俳優の魅力を綴った『スクリーンで君が観たい』を連載中。
写真/映画/音楽/漫画/文芸