(by とら猫)
“ジャンル複合ライティング業者”こと葛西祝氏に誘われ、おれはtrialogというイベントを見るため渋谷の街へ降り立った。
ちなみにtrialogというのは『WIRED』の元編集長若林恵氏が代表を務め、『TETRIS EFFECT』などのゲームで知られるクリエイター水口哲也氏と共に、毎回多彩なジャンルのゲストを迎えてトークするというイベントだ。
第6回目となる今回のゲストは 、多くのハリウッド大作に携わってきた新進気鋭のコンセプトアーティスト、田島光二氏。代表作は『ブレードランナー2049』や『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』など。メジャーなタイトルがずらりと並ぶ。
映画が好きなおれは、かねてよりコンセプトアートという仕事に興味があった。コンセプトアートというのは文字通り、顧客の頭の中にあるコンセプトを絵でもって視覚化する仕事で、いわば「ゼロ」から「イチ」を生み出す作業だ。英語の「イチ」を日本語の「イチ」へと置き換える、おれのやっている翻訳という仕事とは性質がまったく異なる。そのせいか、おれはこういった、何もないところから価値を創り出せる人たちに激烈な敬意を抱く。
ひとつ気がかりなのは、trialogが30歳以下限定のイベントであることだ。
なぜならおれは45歳。掛け値なしのおっさんである。
いちおう“メディア”の体で招待されてはいるものの、はたして自分みたいなおっさんが、若い血潮の渦巻くイベントにいやしくも存在して、瑞々しいエネルギーを吸い取ってしまってよいものか――そんな罪悪感めいた感情に襲われる。
が、振り返ってみれば、おれは20代の10年間をほとんど無為に過ごしていて、本格的に社会へ奉公するようになったのは30代になってから。すなわち、社会にとっておれの20代は無であったも同然で、よってこの10年間は、おれの現年齢から控除したって誰も悲しまない。
45ひくことの10は35。だいぶ若返ったが、あと5歳多い。四捨五入ではだめだ。40歳に戻ってしまう。なら麻雀だ。五捨六入だ。これで最後の5歳を削る。
こうして身も心も30歳になったおれは、意気揚々と渋谷の街へ切り込んでいった。
半年ぶりに訪れる渋谷は大きく様相を変えていた。
以前そこにあったはずの道がそこになく、おれはたびたび混乱させられた。今まで見たこともないような路地が、新たに口を開けているのだ。
が、おれはこういった路地が嫌いじゃない。
たいていその先に目新しいものは待っていない。今まではおれの死角に存在していた、他の路地と似たような生活やビジネスが櫛比しているだけだ。だが、そういった路地にこそ、おれは街の命を感じる。発見の偶然性を。街は常に広がっていく。生き物のように形を変えながら。
ふと、時計に目をやる。タイムアップはまだ先だ。
気がつくとおれは、その新たな路地へと足を踏み入れていた。
暗い。再開発の影響だろうか、道が不自然なつながり方をしている。線路沿いに代官山方面へ向かっていけば着けるはずと踏んでいたが、工事現場をぐるりと取り囲む、背の高い目隠しのせいで目印となるはずの線路が見えず、自分は今目的地へ向かって進んでいるのか、逆に駅へと戻っているのか判断がつかない。
そう、おれは今まさに、渋谷という巨大な生命体の中にいた。渋谷にとって今のおれは体内に潜り込んだ小さな異物にすぎず、毛細血管のように入り組んで伸びる路地の中、おれはただ渋谷の意志に翻弄され、コンクリートの海で溺れるしかなかった。
案の定、遅刻した。