わが家には猫がいる。もちろん最初からいたわけではない。
すべてはとある中華料理店から始まった。

小雨が降るあの夜、私はツレと共に、収納スペースが一切ないコンクリートの箱みたいなマンションから徒歩五分のところにある、行きつけの中華料理店へと出かけた。店につくと、どこからともなく「にゃあにゃあ」という鳴き声がする。

見ると、駐車場の片隅で、汚い毛毬のような子猫が壊れたレコードのごとく鳴いている。目の前には皿に入ったエサが置いてあるのだが、両目はひどい目やにで塞がっており、しかも風邪で鼻が詰まっているのか匂いを感じ取れず、エサの存在を認識できていないようだ。

それを見たツレはとことこと子猫のほうへ歩み寄り、何やら話しかけてから戻ってくると、私たちはそのまま店内へ入った。

ツレは明らかに動揺していた。先ほどの子猫に気を奪われ、ろくに食事も喉を通らない。私は「う」と怯み、焼きそばを独り堪能するふりをしつつ、今後想定される展開をいくつか頭の中ですばやくシミュレートした。もっとも、我らが暮らしているマンションはペット禁止である。この事実はやはり大きかったのだろう、ツレは帰りぎわ、名残惜しそうに子猫に挨拶をしただけで、その夜は何事もなくふたりして家路についた。

翌朝、ツレが「ちょっと出かけてくる」と言って収納スペースのないマンションを出ていった。
数時間後、戻ってくる。タオルにくるまった、昨晩の汚い子猫を連れて。

テレビではハンカチ王子とマー君が甲子園の決勝戦で素晴らしい投げ合いを演じていた。

そのあと、ツレとの間でどういった会話が成されたのかはよく覚えていない。
気がつくと私の腹の上では、茶色い子猫がすやすやと眠っていた。

それからツレは子猫を病院に連れていき、猫トイレや猫ベッドのようなものを買ってきた。シミュレーション結果その二「既成事実を作って押し切ってしまえ」作戦が展開中であることを察したが、この収納スペースのないマンションは先も言ったようにペット不可だ。ツレのほうも子猫を隠れて飼い続けるのは難しいと判断したらしく、子猫を引き取ってもらう里親さんを探しているようだった。

子猫がいるまま数日が過ぎたある晩、私たちは近くのラーメン屋へ向かった。うまいラーメンを啜っていると、ツレが分厚い資料の束を、どん、とテーブルの上に無言で置いた。その目が「読め」と迫ってくる。

が、その資料の山は一瞥しただけでも数百ページはあろうかという広辞苑みたいな代物で、私は「こんなの読んでたらラーメンがのびちまう」と内心思いつつも、とりあえず上のほうのプリントを数枚手に取ってみた。そこには「猫の里親詐欺」に関する情報がみっちり記されていた。

どうやらツレは子猫の里親さんを探しているうちに、身寄りのない猫を引き取って虐待などを加える「里親詐欺」という悪人たちがいることを知り、インターネットで詳しく調べては情報をプリントアウトしていたら、これだけの分量になったらしい。

この瞬間、すべてのシミュレーション結果は崩壊した。負けたと思った。なぜならこの資料は「うちでぜったい猫ちゃん飼う」というツレの決意のぶんだけ分厚く、その紙束を断ち切れる言葉など、どこを探しても見つかる気がしなかったからだ。ツレの不退転の覚悟を感じ取った私は、ラーメンを啜りながら子猫をうちで飼うことを受け入れた。

それからはすべてがあっという間に進み、一か月後には収納スペースがたくさんある、ペットを飼えるマンションへと引っ越していた。

そんなツレは今、コーヒーやグッズの売上によって身寄りのない猫たちを助け、里親さんを見つける LOVE & Co.(通称“ラブコ”)という会社をやっている。

ちなみに汚い毛毬のようだったその時の子猫は今、けろ号と名付けられ、わが家で定期的にげろを吐きながら元気に暮らしている。

(イラスト by Yumi Imamura

 

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