【旅行エッセイ】ベトナム旅行記(後編)

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(by 冬日さつき)(中編からの続き

ベトナム人は、あまり笑わないような気がする。行きの飛行機で覚えたこんにちはとありがとうも、こんにちはのほうはともかく、ありがとうはあまり言われることがなかった。だから、覚えた発音が正しいのかわからないままだった。店員がふとわたしに笑顔を見せたりすると、安心してすぐに気を許してしまう。わたしはカモになりやすいタイプかもしれない。いろんなところへ行ってダナンを楽しんだあと、わたしたちはホーチミンに向かった。

泊まるホテルのそばにはセブンイレブンがあった。昔、カナダに住みはじめてホームシックになっていたころ、セブンイレブンがあることに気がついてすがるように入ったら、セブンイレブンの面をしたただの外国のコンビニでひどく落ち込んだことを思い出す。入ってみると思っていたよりもずっと日本みたいだった。日本で売られている商品がたくさん置いてあって、ビールの横にはウコンの力も並んでいる。日本円にして300円くらい。50円くらいでビールが飲める国で、だれがこれを飲むのだろう。日本で1800円のウコンの力を買うことを想像する。

街を散歩していると、学校の門の前で親が子どもをバイクで迎えに来ている光景が見えた。午後4時頃、大人たちはもう仕事を終えているのだろうか? ただ中抜けをしているだけかもしれない。道にちらばる生徒たちが、一人ひとりバイクの後ろに乗って消えていく。暮らしの風景そのものだ。派手な色の建物と、制服の淡い青のコントラストがきれいだった。

通りからひとつ入った路地裏に人がたくさんいる屋台があって、食べてみることにした。みんなが食べているものを頼む。赤いスープに麺が入っている。ココナッツミルクの匂いがした。一口たべたら、まったく口にしたことのないはじめての味。甘いような、辛いような。とにかくぜんぜんわからない味。だけれどくせになる。大人になってたいていのことはだいたい想像ができると思っていても、こんなにわからないことってあるのだと驚いて、笑った。こういうことがあるから知らないところへ行くって楽しいと思う。

日が変わってホーチミンの2区へ行った。タクシーで20分ほどの距離にあるおしゃれな雰囲気のエリアで、外国人や富裕層が多く住んでいる。目当てのものを見つけたあとは散策をした。メインストリートにはセレクトショップがたくさん並んでいて、通りを少しそれると整備されていない道がつづく。来年には地下鉄が通るらしく、地価も上がっているのだという。ダナンやホーチミン、ベトナムのいろんなところが変わっても、愛想笑いしないところとかはなんだかいつまでも変わらないかもしれないな、とぼんやり思った。

食器屋さんを見ているときに、急な停電が起きた。よくあることらしい。ひどいときは丸一日復旧しないこともあるという。レジの電源が落ちているから、現金しか使えない。ベトナムドンの手持ちも帰りのタクシー代くらいしかない。エアコンも切れて、すこしずつ店内の温度が上がる。どうしてもほしい食器を手に持ちながら、わたしはいまベトナムの発展のさなかにいるのだと心の折り合いをつけようとした。1ブロック先のカフェは停電の影響を受けていなくて、そこでコーラを飲んで待つことにする。しばらくして電気が復活したころには、日もすこしずつ暮れてきて、すずしい風が吹いていた。(了)

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この記事を書いた人

校閲者、物書き。

新聞社やウェブメディアなどでの校閲の経験を経て、2020年フリーに。小説やエッセイ、ビジネス書、翻訳文など、校閲者として幅広い分野に携わる。「灰かぶり少女のまま」をはじめとした日記やエッセイ、紀行文、短編小説などを電子書籍やウェブメディアで配信中。趣味のひとつは夢を見ること。

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