【旅行エッセイ】ベトナム旅行記(中編)

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(by 冬日さつき)(①からの続き

次の日、ホテルで車をチャーターしてもらい、ダナンから車で40分くらいの距離にある港町ホイアンへ向かう。窓の外をぼんやり見ていると、壁に数字が書いてあるのがときどき目にうつり、何だろうと気になった。だけど、もしかしたら下品な意味かもしれないと不安になり、結局聞かないことにする。あとから調べると、コンクリートの解体業者が壁を壊すときは連絡してもらえるように電話番号を書いているとのことだった。

ホイアンに到着し、数時間後に同じ場所へ戻ってくると約束して車を降りた。わたしたちは運転手に電話をかける手段を持っていなかったから、ここのすりあわせはとても重要だ。涼しかった車内と太陽が照りつける外の温度はあまりにちがって、一瞬うまく呼吸ができない。

古い町並みがまるごと世界文化遺産として登録されているのだという。こういう場所に住む人びとの、ふつうの暮らしってどういうものなのだろう。でもじぶんが京都で銀閣寺のそばに住んでいたころは、家の近くに観光地があることなんてすっかりわすれて暮らしていたから、それと同じでここでもほとんど別世界のようなものなのかもしれない。

古い建物をまわったり、お土産物屋を見たりした。福建會館という歴史的な建物にはらせん状の赤い線香がたくさんぶら下がっていて、ひとつが燃え尽きるのに1ヶ月ほどかかるらしい。時間をかけてゆっくり燃えて、すべてが灰になると願いがかなうのだという。

十分散策したところで時間が来て、再びチャーター車に乗り込みダナンへ戻った。しばらく休憩したあと身体を冷やしにホテルのプールで泳ぎ、外に出て軽い食事を取るためにいくつかの飲食店が出店しているエリアを目指す。着いてみると、外国人しかいないような場所だった。そこでフライドチキンとボトルビールをふたつずつ買って、浜辺で食べようと海まで歩く。風がとても気持ちいい。

野良犬同士が空き地でじゃれ合っている。こんなふうにだれにも飼われず自由に暮らす犬を日本ではほとんど見たことがなかったから、なんだか不思議な感じがした。時間が来たら決まった場所で落ち合って遊ぶのだろうか。地元の人は野良犬を恐れているわけでも、かわいがったりするわけでもなさそうだった。そういえば、ベトナム滞在中に猫ってあまり見なかったかもしれない。

浜辺においてあったベンチに腰かけ、フライドチキンを食べながら海をながめた。夜の海は真っ黒ですこしこわい。むかし観た映画に「目の前が海やったらどこにもいけんような気になるよ」という台詞があったのを思い出した。

遠くからおじさんが怒った顔をして近づいてくるのが見える。何と言っているのかわからない。わたしたちと椅子、交互に指を差している。どうやらこの椅子は有料だと言っているようだ。こわくなって言われるがままにお金を払う。ホテルのある海沿いから繁華街まで約5キロの距離をタクシーで往復できるくらいの金額だ。こんなふうに砂浜に椅子を置いておいて、座った人からお金を取るというビジネスなのだろう。たぶんこういうものに座るのはわたしたちのような外国人だから、初めから最後まで、どんな言葉をなげかけたってわからないだろう。怒られながら、今この瞬間におじさんがふざけてまったく関係のない言葉を言っていたらいいなとおもった。そのくらいのユーモアがこのおじさんにありますように。

ホテルに戻りシャワーを浴びたあと、先に眠ってしまった夫の横でビールを飲みながらテレビをながめる。インスタグラムを見ると、車を手配してくれたホテルの従業員からメッセージが届いていた。運転手とどうしても連絡が取れなくなってしまったときのために念のためアカウントを交換していたのだ。彼女はハイハという名前で、去年大学を卒業したあとホテルに就職をしたのだという。ほかにどこの国へ行ったことがあるかという話になり、カナダやアメリカ、アイスランド、フランス、中国についてすこし話した。どうして新婚旅行先にベトナムを選んだのか聞かれて、物価が安いからとはなんとなく言えなかった。「わたしはまだ外国に行ったことがないけれど、ホテルのお客さんと知り合うことでいろんな国のことを知れるからたのしい」とハイハは言った。彼女はこの仕事を通して世界中を旅行しているのだと思った。

後編へ続く…

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この記事を書いた人

校閲者、物書き。

新聞社やウェブメディアなどでの校閲の経験を経て、2020年フリーに。小説やエッセイ、ビジネス書、翻訳文など、校閲者として幅広い分野に携わる。「灰かぶり少女のまま」をはじめとした日記やエッセイ、紀行文、短編小説などを電子書籍やウェブメディアで配信中。趣味のひとつは夢を見ること。

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