母の恋人

21歳の誕生日。東京で一人暮らしをする私のアパートに、両手で抱えるほど立派な花束が届いた。白いカスミソウの束にピンクのバラが一輪だけ入った可愛らしい花束の送り主は母の恋人、Yさんだ。

その頃、私はまだYさんと面識はなかったが、母の恋人は随分キザなことする男だな、と思った。こんな大きな花を贈られても飾る花瓶もないし、部屋も狭いのに困っちゃうよ、なんてボヤきつつ内心私はすごく嬉しかった。

私が5歳の頃、母は私を連れて父と暮らしていた家を出た。当時母はまだ若く、お洒落で可愛らしい女性だった。父との離婚の後、新しい恋愛も再婚も出来たはずなのに、私が大学に入るまで母に恋人らしい存在がいたことはない。

いつも私の気持ちを優先してくれた愛情深い母。私が家の経済状況をガン無視して「東京の私立大学に行きたい」と言った時も、母は「いいじゃない」としか言わず、昼の仕事に追加してスナックでアルバイトを始めてくれた。

晴れて東京の大学に入れた私は、母に多大な苦労をかけた割にあんまり恩返しする見込みもなく、自分だけがつまらない地元から抜け出しお気楽に暮らしているという後ろめたさを感じていた。

ある日、母から「恋人ができたの」と連絡がきた。

嬉しかった。今まで自分は二の次で生きてきた母にも春が来たのだ。今までの分まで思いっきり母を甘やかして幸せにしてくれる恋人であってくれ。私はそう願った。

Yさんと初めて会ったのは、21歳の終わりだったと思う。私は激しめの関西弁で喋るYさんに面食らってしまった。小柄で華奢な体型と対照的に声と態度が大きい。おっとりした母に対し「アホ!」とツッコミを入れ、母を「コイツ」とか「お前」と呼ぶYさんが正直不快だった。

2回目にYさんに会った時、私たちはビッグボーイで一緒に食事をした。母からYさんはだんだん視力が落ちていく病気だと聞かされていたが、その時にはだいぶ状況が悪くなっていたようだ。Yさんは自分でナイフとフォークを使うのも覚束ないらしく、隣に座った母がYさんのステーキを細かく切ってあげている。私の世話で散々苦労した母がなぜ、これからYさんの世話までしなきゃならないのか。この状況が気に入らない私は、大人気なくもあまり喋らずムスッとしていた。

帰り際、Yさんは私の顔が見たい、と言った。私は、どうぞ、とそっけなく答えた。Yさんはものすごくキツく度の入った分厚いメガネをかけると、私の顔から5センチほどのところまで顔を近づけた。

50代のおじさんの顔が間近にあることに戸惑いを感じながらも、一生懸命私の顔を見ようとしている彼の感情が伝わってきて、急に涙がこみ上げてきた。彼が母だけじゃなく私へも愛情を持っているらしいことがショックだった。私は酷い態度をとってしまったのに……。泣きそうなのがバレないようにと、余計無口になってしまい気まずかった。

その後しばらく母とYさんは付き合っていたようだが、いつの間にか母からYさんの名前を聞くことはなくなった。母から最後に聞いたYさんの情報は、目の障害が酷くなった為に無職になり、市営住宅に入ったということだ。今、Yさんはどうやって生きているのだろうか。

後になって思うと、Yさんは魅力的な人だった。私にあんな素敵な花をくれた男性は、後にも先にも彼一人だ。母はそんなYさんが好きだった。それで良かったのだ。あの時の私は、なぜ、そんなことも分からなかったのだろう。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でBadCats Weeklyをフォローしよう!