【連載/洞窟が呼んでいる】第3洞: 「恐竜ランド極楽洞」が体現する洞窟のフリーダム性

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恐竜ランド

(by とら猫

「恐竜ランド極楽洞」は、和歌山県紀伊半島の山中深くに広がっている。

と、そしらぬ顔で筆を起こしてみたが、ひょっとすると向学心の強い君なんかは今、軽めの疑問を抱いたかもしれない。なぜに和歌山で恐竜なのか?おまけに極楽とは?仏陀が恐竜を相手に修行したという逸話の残る場所なのか?

答えはひとつ。気にするな、だ。

別に恐竜がランドで極楽したっていいじゃない。洞窟は人を自由にする。確かに混沌としたネーミングだが、混沌とは秩序の対極にある、何者にも管理されていない状態のこと。洞窟のフリーダム性をこれほど体現している名称もない。洞窟はすべてをありのまま受け入れる心を教えてくれる。ビートルズと同じだ。

とはいえひとつ覚えておきたい。洞窟におけるフリーダムとはあくまでも精神的なフリーダムであり、たとえば洞内で物理的にサンマを焼いたり、イケアの本棚を組み立てたりしてはあかんのである。

何が言いたいかというと、かぶれ。メットを。そこにメットがあるのなら。

というのも「恐竜ランド極楽洞」の洞内は不惑を過ぎたフリーランサーにはいささか厳しい、起伏の激しい冒険的なレイアウトになっており、天井もぐいとせり出している箇所が少なくない。

メットをかぶっていないと、マジで危険だ。

にもかかわらず私の前を進んでいた、頑是ない子ども連れたレディはメットをかぶっていなかった。「必ずヘルメットをかぶってご入洞ください」の注意書きが入口で踊っていたにもかかわらず、だ。おそらく彼女は洞窟の精神的フリーダムを物質的フリーダムと履き違えてしまったのだろう。悲しいことだ。

そのせいで後ろをいく私なんかは、このレディの頭がのこぎり刃のような鋭い天井をかすめるたびに肝を冷やした。母が頭から血を噴くシーンを幼子に見せてはまずいと、なんども「メットかぶったほうがいいすよ」と老婆心から忠告しそうになった。

が、結局レディの頭が血を噴くことはなかった。常連かよ。

とにかくまあ、「恐竜ランド極楽洞」の洞内は大きく分けて二部構成になっている。最初に旅人を出迎えるのは恐竜エリアで、そこかしこの横穴に迫力のある恐竜のオブジェが飾られている。恐竜界の王者ティラノサウルスが岩の隙間から顔を覗かせていたり、プテラノドンが卵を温めていたり、躍動感のあるオブジェ群は見ていて実に楽しい。そう、洞窟はエンタメだ。

ところがこの愉快な恐竜ゾーンを踏破すると一転して、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。

そこでは誰もが思い浮かべる地獄の名勝が、やはり手の込んだオブジェによってリアルに再現されている。釜茹で地獄も恐ろしいが、とりわけ閻魔大王による裁きの場面は、納期をすっぽかしたフリーランサーの末路を見せつけられるようで嫌な汗をかいた。

こうした地獄を抜けた先にはちゃんと極楽が君を待っている。もっとも、異様なまでに気合の入った地獄ゾーンの展示物に比べて、極楽ゾーンのオブジェはなんだか覇気が感じられず、地獄ゾーンへ戻ってパッションを補充したくなる。つか戻った。何の苦労も不安もない楽園のような暮らしは実のところ退屈なのかもしれない。洞窟はそんな真理も授けてくれる。

極楽ゾーンの肩透かし感がいささか残念ではあるが、オブジェ職人の原初的創造性がほとばしる恐竜ゾーンと地獄ゾーンは一見の価値ありだ。特にクリエイティブな迷いを抱えている諸兄は、市井のアートの到達点ともいうべきその威容の中にひとつの答えを見出せるかもしれない。

小原洞窟恐竜ランド&極楽洞評価》(満点は★5つ)
アクセス:★★
冒険度:★★★
恐竜度:★★★★
地獄度:★★★★★
極楽度:★

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この記事を書いた人

本サイトの編集長たる猫。ふだんはゲームとかを翻訳している。翻訳タイトルは『Alan Wake』『RUINER』『The Messenger』『Coffee Talk』(ゲーム)『ミック・ジャガー ワイルドライフ』(書籍)『私はゴースト』(字幕)など多数。個人リンク: note/Twitter/Instagram/ポートフォリオ