NYの高層ビルが煙を上げている映像を、実家の2階でテレビ画面を通して見ていた記憶がある。夜遅く、そろそろ寝ようとしているところだった。一体何が起こっているのか把握できずボーっとテレビを見ていると、急にそのビルに飛行機が突っ込んだ。なにこれ、今、起きたの?現実に?唖然としている間に、母が階段を駆け上ってきた。
「見た?」
「見た」
と私たちは言葉を交わした。
それが私の「9.11」の記憶だ。
もう18年も前のこと。

テロ当時、アメリカの舵を切っていた米副大統領ディック・チェイニーの半生をブラックユーモアたっぷりに描いた作品が『バイス』である。

この映画の主人公、ディック・チェイニー。
私は、彼の顔も知らなければ名前すら聞いたことがなかった。
日本の大臣の名前すらちゃんと把握していない私が、まぁ、知っているはずない。

映画では序盤9.11の混乱の中、いかにも悪い顔をしたチェイニーの姿から遡り、酒浸りで成績がボロボロのどうしようも無い大学生チェイニーが登場する。

若き日のチェイニーを見て思う。飲みすぎてゲロ吐いて寝ているこの落ちこぼれ学生がマジでどうして副大統領までなれたんだよ?と。

大学を中退して肉体労働者となったチェイニーは相変わらず酒浸りで、飲酒運転で逮捕される。
「あなたを警察まで迎えに行くのは二度目よ!」
激怒する美人・リンの前で頭を垂れるチェイニー。

どうしてこんなダメ男にこんなキュートな恋人がいるのだろうか。そこらへんは映画では描かれていない。何しろ映画は大学時代からブッシュ政権後までの長年のチェイニーの人生を描いているので、色々すっ飛ばされているところも多い。とにかく恋人であり後の妻になるリンはチェイニーの人生に不可欠な立役者的存在だ。

リンに激怒された後のチェイニーは、心を入れ替え連邦議会のインターンシップへ出向く。給料も安く危険な仕事について酒ばかり飲んでいた彼が、心を入れ替えて彼女が望んだ堅い仕事につき真面目に働いてくれるようになるなんて、めちゃスィートな展開だ。

ダメ男にも結局愛想を尽かさず、彼の尻を叩いて出世の道を歩ませたリンのあげまん且つ裏番長っぷりも見所だ。

その後チェイニーはある男から政治のイロハを教えてもらい、メキメキと権力を手にいれた。やっと職場に自分だけの仕事部屋を手に入れたチェイニーはまず、妻になったリンに電話をする。そして「俺たちはやったぞ」と言うのだ。

正直、なんていい夫だろうと思ってしまった。
だって想像してみてほしい。自分のパートナーが会社で昇進したり、社会的な評価を得た時に真っ先に「俺たち(私たち)はやったんだ」と言ってくれたらどんなに嬉しいか。ロマンチックかよ。

『バイス』を「ディック・チェイニーはブッシュ政権下の影の大統領で、ゾッとするほど恐ろしい悪魔」という内容の映画だと判断する人もいると思う。だが、チェイニーも人間だということも映画が描いていることの一つだ。

チェイニーは妻や娘を思う良き夫でありパパだった。出世して権力を手にすることは家族の為でもあった。自身の野心もあっただろうが、それより家族を優先する場面もあり、一人の男性としては肯定せざるを得ない部分がある。

とは言っても……彼は自分や周りの利益の為に、国民を騙すに近いことをしていたのも事実だ。チェイニーに限ったことではなくどこの国や時代にも、日本にもある問題だろう。権力者は決して聖人じゃない。必ず権力の暴走は起きる。人はやりたい放題できる環境でなら、やりたい放題する生き物なのだろうか。

バイス

チェイニーがブッシュに決断させたイラク戦争の結果はあまりにも酷い。たくさんのアメリカの若者とイラクの人々が死に、ISISが生まれ中東の混乱状態は続いている。ホワイトハウスの決断がどのような結果に繋がっているか見せるシーンはとても辛かった。

ただ、チェイニーは世論をコントロールしたが、世論を無視することはしなかった。つまり、国民がコントロールされなければ権力者も好き勝手はなかなか出来ないのだ。

我々は釣られない魚になるしかない。超難しいかも知れないけれど。事実を求め、情報を疑い、常に思慮深くありたいと心から思う。

レビューはこれで終わりますが、アメリカを笑い飛ばす最高のブラックコメディ映画に、真面目くさったコメントばかりしてしまったことをお詫び申し上げます。

© Annapurna Pictures, LLC.
映画『バイス』公式サイト

 

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