(by 葛西祝

国民的スター……? 電車のなかで誰かが、引退を発表したイチローをそう言ったのが引っかかった。声は上石神井駅から乗り込んできた学生たちからか、隣に立つスーツ姿の二人組からか。いずれにせよ、車内の誰かはイチローを“国民的”だと信じているようだった。

メジャーリーグで10年以上にわたり活躍し、WBCでドラマチックな結末を飾った彼に対して、国民的というのに違和感を持つことがおかしいのかもしれない。だけど自分は、90年代から2000年にかけて、日本人選手がメジャーリーグに挑戦するということは、「世界最高峰の舞台で野球がしたい」ことと別の意味も含んでいたことを覚えている。

日本野球はスポーツという以上に、組織や人間関係みたいなものを投影されやすいジャンルだった。当時メジャーリーグを目指すということは、日本球界という組織や後ろ盾から離れる、いわば日本の精神性から反する意味合いもあった。野茂英雄の渡米から、イチローがメジャーへ向かうあの頃は、いわば国民のための選手になることから離れる面もあった。

この歪みに注目したのがロバート・ホワイティングだった。彼は「東京アンダーグラウンド」や「菊とバット」など、アメリカと日本の関係をテーマにした作家だ。イチローを“日米の狭間にいる人物”として注目し、「イチロー革命―日本人メジャー・リーガーとベースボール新時代」と一冊の本にまとめている。

「イチロー革命」では当時のメジャーリーガーたちの傾向と違ったイチローの活躍を軸に、日本野球の特殊性を浮かび上がらせることを論旨としている。そこには組織の中で個人を殺していくことをはじめ、ホワイティングならではの日米の比較が行われていた。

いまでは日本球界からメジャーへ向かうことは、スムーズに「最高峰への挑戦」と捉えられるようになった。でもホワイティングが言及していたころ、日本の組織や風習がエンターテインメントに凝縮された場所としての野球があり、そこから抜け出す意味あいがあったのである。

電車に揺られながら、イチローがメジャー移籍後の松井秀喜と対談したとき、直接松井に「日本球界から出ると思わなかった」と語っていたり、国民栄誉賞を固辞し続けていたりしたことを思い出していた。90年代の巨人で、“国民的”スターと言って間違いなかった松井に、イチローはどんな思いでそう言ったのだろうか?

“国民的”という言葉には、名誉の裏側で組織に帰依させる意味も感じる。彼のキャリアはそこから抜け続けていたといえる。だけど世間は、国民的な英雄と評することに迷いはなくなっていた。そうなのだろうか?

座席で眺めていたスマートフォンのニュースには、見出しに「イチロー 日本復帰の選択肢は“なかった”」と記されていた。

(イラスト by 葛西祝

 

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