87歳の老人がドラッグの運び屋をする実話を、クリント・イーストウッドが監督・主演すると聞いて、それはさぞ渋いハードボイルドな映画だろうと想像していた。

いざ、劇場に足を運ぶ。
映画が始まると画面いっぱいのキレイなお花。お花。お花。お花キレイ。のどかな園芸農場、洒落たスーツとハット、蝶ネクタイでババアを口説くイーストウッド。
私は吹き出した。
よくわからないけど、やられた、と思った。

イーストウッドが演じるアールという老人は、デイリリーという1日しか咲かない百合の栽培と販売をしている人物である。彼の作るデイリリーは高く評価され、アメリカ中の品評会で賞を受賞する。しかし、家族の側にいるべき時もデイリリーに現を抜かしてきたせいで、アールの家族との関係は最悪だ。

家族との不仲。いよいよイーストウッドらしいキャラクターが見えてきて、しめしめというところである。

アールはインターネットが大嫌いだ。デイリリーの販売も、インターネットの波に乗れないせいで上手くいかなくなる。仕事ばかりしてきた男が、仕事を失った時どうなるのか。アールは家も、家族も、金も何も持たないただの老人になってしまった。そこから彼が運び屋になる物語が始まり、それと同時に、家族との関係を取り戻す物語も始まるのだ。

75歳を越えてからのイーストウッドが監督・主演をした名作、『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』は家族と絆を結べなかった男が、家族以外の人間と家族以上の関係を築く話だ。それが今回の『運び屋』ではやっと、当の家族と向き合う男の話になった。

家族の問題はイーストウッド自身も抱えているものであり「私も家族を犠牲にしてきた。家族と過ごす時間が短すぎた」とインタビューに答えている。彼は5人もの女性の間に7人も子供をもうけているので、どの家族とのことなんだ?と思わず突っ込んでしまうが、イーストウッドの実人生と重ねて『運び屋』を観ると家族と向き合う展開はより泣けるのだ。

ここからものすごく私事の話になり申し訳ないが、私は幼少期に親が離婚し、父親と一緒に過ごした時間の記憶がほぼない。
だが、離婚後も父から金銭的な支援はしてもらってきた。彼からの仕送りなしに私が東京の私立大学を卒業することは無理だっただろう。そこは感謝をしている。

感謝の気持ちがあったので、大学に入り母親に気を使うことがなくなった私は、たまに父に会うようになった。十数年ぶりに会う父は、当たり前だが私の好きな色も、好きな食べ物も、私が映画好きなことも知らなかった。もちろん、私も彼のことを何一つ知らない。

それなのに父は私に「父親としての助言」とやらをしてきた。父親だから、娘のことが心配なのだそうだ。だが、私のこれまでの人生を知らないで、彼が私のこれからの人生について何を言えることがあるのか。一番側にいて欲しい時、あなたは居なかったじゃないか。それまで特に父に対して恨みの感情はなかったが、その時私は激しく嫌悪感を抱き怒った。彼は扶養義務を果たしただけの人であり、父親ではない。彼の心を理解しようとせず一方的すぎるかもしれないが、これが正直な気持ちだった。

家族を養うために一生懸命働いてきた男性は、金銭的な支援こそ父親の役割だと思っている人も多い。特に一昔前は、社会的にも男性はそう振る舞うように強く求められてきた。仕事に人生を捧げるのは容易なことではなく、立派で尊敬すべきことであるだろう。

しかし、イーストウッドが「家族との時間が短すぎた」と言っているように、家族は一緒に過ごす時間が何よりも重要だと個人的に思っている。

運び屋の仕事として、麻薬を運び大金を手に入れたアールは金によって家族との距離を縮めようとする。しかし、大金を手にすると本当に大事なのはお金ではないことが見えてくる。アールはお金では解決できない状況に直面し、家族に対してある選択をするのだ。

アールが育てるデイリリーは、『運び屋』のアールのモデルとなった人物レオ・シャープが、実際に栽培し販売していた花だ。このデイリリーという1日しか咲かない花は映画のテーマをよく表していると思う。

人生は常に、1日しかない。

1日をどう過ごすか。家族と過ごすか、外で遊ぶか、花を育てるか、麻薬を運ぶか……1日1日の選択を幾重にも重ねた結果が人生なのだろう。

(c)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
映画『運び屋』公式サイトはこちら

 

 

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