【映画レビュー】月面着陸のリアルを今体験する『ファースト・マン』

ファースト・マン
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(by こばやしななこ

初めての虫歯治療で奥歯に被せ物をした時、ああ、もう宇宙飛行士になれない、と思った。虫歯になったことがあると宇宙飛行士になれない、とどこかで聞いたことがあったのだ。実際はちゃんと治療してあれば、宇宙に行くことは可能らしい。とにかくこの時私は、将来の可能性から宇宙飛行士を消去した。

そんな私が齢28にして、月へブチ上げられられることになってしまった。映画『ファースト・マン』を観たのだ。

ニール・アームストロングが1969年、人類初の月面着陸をしたことは有名だ。だが、彼のした体験がどのようなものか想像できた人間は、当時から数えてもそんなに多くないだろう。アポロ11号の月着陸を題材にした『ファースト・マン』は、ニールの体験を、時を超えて私たちに体験させる美しい映画だった。

映画の冒頭。何かしらの機体に乗っている男の顔が超アップで激しく揺れている。しかも、ヘルメットを被って顔は半分しか映っていない。恐らく男は主人公のニール(ライアン・ゴズリング)だが、揺れすぎていてよく分からない。不快な音もしている。

このシュールな映像を観ていると、ニールと同じ乗り物に乗っている者にしか分からない閉塞感、尋常じゃない揺れ、そして気圧をもリアルに感じとれる。私、今、ヤバいくらい振動を感じる狭い何かに乗っている。あれ、この乗り物、故障している気がする……し、死んでまうやろ……

ニールが体験したことを、時を超えて体験するとは、こういう感じである。

月に行くことを強制体験させられる、と聞いて不安に思う人もいるだろう。大丈夫。ちゃんと最初の訓練から参加させられますので初心者でもご安心を。言っとくけど、遠心力に耐える訓練、めちゃくちゃ辛いで。

訓練で存分にしごかれた我々は、アポロ計画の前に宇宙へ有人飛行をするジェミニ計画を遂行しなければならない。いよいよ宇宙へ出発だ。ロケットに乗り込みまず思う。

ロケット、狭っ。

閉所恐怖症の人なら即発狂するレベルで狭い。てか、ただの金属の塊っぽいけどこんなロケットで大丈夫?途中で崩壊しない?

現代に生きる我々から見ると、当時のNASAのショボさは衝撃的だ。宇宙船の中でカセットテープを再生するシーンが出てくる。私はここでゾッとした。こんなアナログな時代に月へ行こうとしていたなんて、狂気の沙汰だろ。どうかしてるぜ!

案の定、計画はあまりうまくいかない。月へ行くには、時代がまだ早いんじゃないの?と何度も突っ込みたくなる。当たり前に受け入れてきた、アポロ11号は人を乗せて月に行った、という出来事の異常性を初めて認知した。

ねぇ、ニール、あなたは何故こんな無謀なことに挑戦しているの?

ファースト・マン

画面に向かって問いかけても、映画の中の彼は表情も乏しければ、言葉数も少ない男なので、はっきりとは答えてくれない。実際のニールも感情を表さない人だったらしい。宇宙飛行士はトラブルが起きても感情的になってパニックを起こさない、クールな人物が好ましいのだ。

それでも、映画内に2ヶ所、クールな彼がはっきりと感情を露わにするシーンが出てくる。そのどちらもが、誰も彼の顔を見ていない場面だ。終盤、不意に触れさせてもらった彼の心に、私は思わず涙を零した。誰も見ていないはずの彼の表情が事実と同じだったかどうか、知る者はいない。

パンフレットに掲載されていたニールの息子さんのインタビューに、映画について「真実に忠実である」というコメントがあった。そう、この映画は事実に忠実なのではなく、真実に忠実なのだ。

「ニール・アームストロングは初めて月面着陸した人」という情報、これで彼の何が分かるだろう。一切、何も分からないに等しいのではないか。しかし、『ファースト・マン』の中には真実のニール・アームストロング、そして彼の家族が生きていた。これこそが、映画なのだと思う。

++++
(C)Universal Pictures and DreamWorks Pictures
『ファースト・マン』公式サイト

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この記事を書いた人

こばやしななこのアバター こばやしななこ サブカル好きライター

サブカル好きのミーハーなライター。恥の多い人生を送っている。個人リンク: note/Twitter