【連載/洞窟が呼んでいる】第1洞: 導入部から厨二的な震えが走る、珠玉のネーミング「龍泉洞」

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(by とら猫

世の中はきつい。つらい。生きていくのは大変だ。

自分なりにけっこう経験は積んできたし、ああいった場合はこうする、こういった場合はああするといったケース・バイ・ケースの方策みたいなものは漠然と蓄積されているから、自分が損をしないように世間を渡っていく技術は若い頃より身についているようには思える。

が、日頃いくら神経を尖らせ、周囲に注意を払っていても、時に想定外の角度から鋭いナイフはふっ飛んでくるものだ。そしてそういったナイフははっきり言って避けられない、というのが私の結論だ。いくら回避術を磨いても、かわせないナイフは確実にある。だからどんなに元気一杯気分はつらつであっても、人はあまねく心が死ぬ一歩手前にいると言っていい。

そうやって心が死んだ時、私は洞窟へ向かう。
今回足を運んだのは「龍泉洞」だ。

なぜか。

まずもって名前がいい。超いかす。だって龍に、泉に、洞だ。君は他に何を求める?太古のロマンが詰まった洞窟という場所のネーミングとして、これは百点満点だろう。一分の隙もない。完ぺきだ。

たとえばこれがロールプレイングゲームなら、「龍泉洞」はおそらくゲームの後半、魔王退治が佳境に差し掛かったあたりに登場する、険しい山道を越えた先に待っているような場所で、そこには十分の八の確率でいにしえの竜が封じられている。

実際の龍泉洞も岩手県の山中深くにあって、はっきり言ってアクセスは容易でない。ふらっと観光、みたいな呑気なフィーリングで訪問しようものなら、数時間に一本しかないバスを逃して帰宅難民となり、山奥でのたれ死ぬリスクさえある。界隈の民ならともかく、関東圏から出向こうと思ったら、相当なモチベーションに駆り立てられないと到達は難しいだろう。

そんな龍泉洞に入るとまず、やはり厨二心をくすぐられる「百間廊下」と命名された、断層によって生まれた自然界の回廊を君は通っていく。なんでも大昔に龍がここを通った跡らしい。マジか。めっさアがる。今なら誰とでも話ができそうだ。ドラクエのダンジョン曲が脳内にがんがん鳴っている。竜はどこだ、姿を見せよ!と、芝居がかった独白も飛び出すだろう。それでいい。洞窟は人を自由にする。

私くらいに洞窟をめぐると、その洞窟が「いい」洞窟か否か、決して大げさではなく最初の数メートルを歩いただけで見分けられる。そしてこの龍泉洞。ネーミングだけでも殿堂入りレベルだが、百間廊下の雰囲気も導入部として素晴らしいのひとことだ。静かに、だが力強く、旅人を奥へ奥へと引き込んでいく。

確信する。龍泉洞は「いい」洞窟だ。

百間廊下を過ぎると、いよいよ本洞が現れる。

これは個人的な見解になるが、鍾乳洞を美しくライトアップする演出は、一介の洞窟好きとしてあまり好ましいとは思えない。もちろんライトがあったほうが岩肌の細かい表情なんかを観察するのには適しているのだが、別に極彩色のカラフルなライトである必要はない、というのが各地の洞窟をスタンドアロンでめぐってきた私の結論だ。だがまあ、幼児やカップルは喜ぶのだろうし、洞窟とて資本主義の原則からは逃れられない。私のような洞窟偏愛者だけを相手にしていては、商売にならないことは想像に難くない。

ちなみに龍泉洞にはコウモリが生息しているらしいが、私の入洞時には姿を見かけなかった。見たかった、コウモリ。

日本三大鍾乳洞のひとつとされる龍泉洞だが、スケールで比較すれば、残りのふたつである秋芳洞(総延長10.7km)や龍河洞(総延長4km)には及ばない。それでも三指に入ると評されるのは、ひとえに地底湖の存在だろう。

そう、龍泉洞には世界有数の透明度を誇る、ディープブルーの美しい地底湖が広がっているのだ。

地底湖の上には、ぐるりと通路が渡されているので、君はその澄み切った神秘的な湖面を好きなだけ眺めることができる。実のところ、私なんかは観覧車にも乗れないプロフェッショナルな高所恐怖症なので、正直、この渡り廊下を歩いている時は足がガタガタ震えて生きた心地がしなかったが、それでも恐怖が晴れる合間にちらちら下を覗いてしまうほど、この地底湖はどこまでも青く澄んでいて、美しい。

残念ながら龍はいなかったが。

龍泉洞評価》(満点は★5つ)
アクセス:★★
スケール:★★★
美しさ:★★★★★
冒険度:★★★

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この記事を書いた人

本サイトの編集長たる猫。ふだんはゲームとかを翻訳している。翻訳タイトルは『Alan Wake』『RUINER』『The Messenger』『Coffee Talk』(ゲーム)『ミック・ジャガー ワイルドライフ』(書籍)『私はゴースト』(字幕)など多数。個人リンク: note/Twitter/Instagram/ポートフォリオ