きっつ。銭かせぐのきっつ。

と初めて音を上げたのは、花屋のビラ配りの仕事だった。
別に花が好きだったり、看板娘にホの字(死語)だったりしたわけではなく、当時大学生だった私はご多分に漏れず銭がなかったので、アンだかフロムエーだかで見かけた近所のビラ配りのバイトに申し込んだところ、花屋へ至っただけの話だ。

今ならツイッターなんかで銭を使わずに宣伝もできるのだろうが、ソーシャルメディアの夜明け前だった当時はまだ、地道なチラシ配りの需要はけっこう高かった。

詳しい条件は失念したが、要はビラを配れば配るほど儲かる仕組みだった。そう聞いて脳みそがアレになった私は「一日10000枚配れば10万くらい稼げんじゃん!」と取らぬ狸の皮算用をフルスロットルで行い、浮かれていた。

店から渡されたのは数百枚のチラシと地図、そして赤ペン。

チラシをリュックに入れたのち、片手に地図を、もう片手に適量のチラシを携えて各戸のポストへ投函して周り、済んだ家は赤ペンでチェックしていく。

やってみると分かるのだが、これってもんのすごく効率が悪い。つかぜんぜん減らない、チラシ。絶望する。ならマンションやアパートで配れば一気に枚数がさばけて銭がっぽがっぽ、コンビニおにぎりフルコンプできんじゃね、と思うのは素人考えというもので、たいていの集合住宅には「ビラお断り」の掲示がぬんと威張っていて、たった紙一枚の障壁ながらこやつが相当に抑止力が高い。

というのも、ビラを配っている間はなぜだか「後ろめたい」気分にさせられ、すごくこう、社会から浮いているように感じる。自分が罪人に思えてきて、挙動不審になる。そのため、たとえビラ配りが許されているマンションであっても、管理人や住人に見つかると一瞬息が止まって精神衛生上たいへんよろしくない。

そのため、体よりも先に心が疲れてくる。
ビラというものは、「オレぜってぇ銭かせぐ」という高いモチベーションはもちろん、人目を一切気にしない超然とした態度を備えていなければ、コンスタントに配り続けることは難しいのだ。

で、根性なんてものは入学早々バッティングセンターで打ち放ってきた、しょぼしょぼにしょぼい大学生だった私は当然すぐにギヴンナップした。

そして残ったチラシを店に戻し、逃げるようにその場を去って、在学中は二度とその花屋には寄り付かなかった。

本当に申し訳ないことをしたと思う。

なぜこんな話をしたかというと、『恐怖の報酬』という映画を観たからだ。

ストーリーをざっと説明すると、時は1970年代、処は南米のジャングル地帯。それぞれ訳ありの男たちが、掃きだめのような村から脱出する軍資金を稼ぐため、ちょっとでも揺れたら即爆発という物騒きわまりないニトロを載せて、危険で一杯の道のりをトラックで走り抜けていく、という話だ。

冷静に考えれば、報酬に比して危険度が高すぎる(しくじったら死ぬ)ことは明らかなのだが、銭および自由への渇望と、熱帯雨林の絡みつくような湿気のせいで、大学時代の私のごとく脳みそがアレになっている彼らもまた、“成功した時のシアワセな自分”という幻想に思考を曇らされ、ヤバい仕事を引き受けてしまうのである。

そして『恐怖の報酬』(素晴らしい邦題だ)において銭のためにヤバい仕事を引き受けるのは、劇中のキャラクターだけではない。その役を演じる俳優たちもまた、恐怖と引き換えに報酬を得ていた。

そう、本作の撮影は危険きわまりないものだった。

CGなんてこじゃれたものは当然ない時代だけに、劇中に登場する崖っぷちや、激流の上にかかる吊り橋は本物である。多くのシーンで降っている豪雨も本物。虫も、爆風も、炎も本物。よって役者たちは本当にジャングルの酷暑や湿気にあえぎ、汗をかき、肝を冷やしながら吊り橋や崖っぷちを越えていったのである。

それゆえ、スクリーンからは異様かつ濃厚な、役者たちの怨念めいた熱気がむんむん伝わってくる。映画という虚構を、虚構をまじえずに作ってみたら、まったく新しい体験が完成しちゃいましたとさ。それこそ現代のCGでは決して再現できない、唯一無二の作品になっていながら、公開当時は大コケして闇に葬られてしまったのだから、わからないものである。あるいはこんなヤバい映画が増えてしまっては困ると、映画関係者たちの集合意識が念力となって、劇場へ向かう客足を止めてしまったのだろうか。

主演のロイ・シャイダーは「『恐怖の報酬』でやったことに比べたら『ジョーズ』はピクニックみたいなもんさ」と、本作の撮影の外道っぷりを仄めかしている。もっとも途中で降りようにも、監督は『エクソシスト』で怯える演技を引き出そうと、俳優の目の前でショットガンをぶっ放してみせた、文字通りの“鬼”才ウィリアム・フリードキンだ。現場を放棄すれば何をされるかわかったものではなく、俳優たちはロケも危険、監督はもっと危険という危険の八方ふさがりの中、心身ともに追い詰められた状態でめいめいの役を演じていたに違いない。

そんなロイ・シャイダーが受け取った「恐怖の報酬」は、いったい幾らだったのか。

体験した恐怖に見合うものであったことを切に願う。

(c) Copiapoa Film
『恐怖の報酬 オリジナル完全版』公式サイト

イラスト by (c) Yumi Imamura

 

 

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