~『ボヘミアン・ラプソディ』の監督が贈るもう一つの伝記映画『イーグルジャンプ』~

以前、塾講師をしていた頃のある生徒の話をしましょう。
その子は高校1年生からの3年間を卒業まで受け持っていて、はっきりいって全く勉強ができない生徒でした。九九すらもおぼつかず、「七の段は?」と聞けば一個ずつ足して数えてしまうほど。当然勉強に対してやる気もなく、担当になってはじめの頃はどうしたものかと頭を抱えていたことを覚えています。

彼女が勉学に真面目ではないのと同様に、私も真面目な塾講師ではありませんでした。正直に言えば彼女に勉強を強いる気はさらさら無く、人生に必要がないのであれば(僕の給料のために)授業にさえ来てくれればいいとも思っていました。とはいえ、大人として彼女から可能性が消えていくことは見過ごせないため、ある時の宿題として将来何をしたいかを考えてくるように言いつけたわけです。

翌週、与えたその宿題を確認すると
「動物のトリマーになりたいの」と彼女は初めて見せるまっすぐな表情で語りました。
JKらしさを際立たせた派手な見た目とは裏腹に、その目が純粋な輝きを浮かべていたことは記憶に新しいです。

調べてみると、彼女にとって最適な道は成績を元に得られる学校推薦を獲得し、筆記試験無しで専門学校に入学することでした。
そこまでをしてあげると、やる気を見出した彼女は勉強に励んでメキメキと実力をつけ、高1最後の試験では数学で100点を取るほどに。他教科も着実に点を伸ばし、自己ベストを更新するたびに、嬉しそうに報告をしてくれました。僕もとてもやりがいが生まれ、毎回の報告が楽しみになっていました。

ただ、もう少し喜んでもいいと思いました。いくらレベルが高くない高校とはいえ、クラスや学年でも上から数番目程度に上り詰め、快挙となる成長振りをみせたのです。普通なら順位そのものに注目するのが自然ですが、彼女は決してそれを自慢することはありませんでした。
気になった私は、「順位もとってもいいじゃん! もっと自慢していいんだよ」と声をかけました。すると彼女は「他人は他人でしょ? 重要なのは自分がどれだけできたかで、他人の点数なんか関係ないじゃん先生」と即答したのです。

他人を気にせず、自らに挑戦し続ける姿は美しい。そんな彼女のことを改めて思い出させてくれたのは、残念ながら日本ではビデオスルーとなってしまった『イーグル・ジャンプ』です。本作はイギリスのスキージャンプ選手、マイケル・エドワーズがオリンピックに挑戦する姿を描く伝記映画で、『ボヘミアン・ラプソディ』で世間を賑わせているデクスター・フレッチャーが監督をしています。

主人公マイケル・エドワーズをつとめるのは、『キングスマン』でイケメン紳士っぷりが板についていたタロン・エガートン。本作では体が弱く、冴えない容姿のスポーツ選手としてその多才っぷりは見事というほかありません。

スポ根作品といえば、誰かと競ったり、どこかで勝ち星をあげたりするものが一般的なように思います。しかし、この作品は常に自分との戦いなんですね、そこがいい。他の選手が出てくるには出てきますが、ここまで他を排した描き方をする物語は稀でしょう。彼はどこまでも自分の記録のみと向き合い続けます。

ほぼ唯一と言っていい、他の選手と深く会話を交えるシーンでも、彼らは決して競うことをを好みません。
「勝ち負けにこだわるのはザコだ。俺たちは魂を解き放つために跳ぶ」
このセリフだけでもうこの映画について語ることはないんですよ。だってひたすらにかっこいいじゃないですか。

すごくマニアックな見方ですが、本作は『キックアス』や『キングスマン』でおなじみのマシュー・ヴォーンが製作をしています。劇中の大きな見せ場となる師・ピアリーのジャンプシーンは、VFXを利用した撮影方法が非常にマシュー・ヴォーンらしいんですね。
スローな味付けでピアリーがゲレンデにタバコを投げ捨てる魅せ方などは、同じく彼が関わっていた『X-MEN フューチャー&パスト』でクイックシルバーが活躍するシークエンスなどを思わせます。

ピアリーのこのジャンプシーンと、ラストでエドワーズが渾身のジャンプを跳ぶシーンがどう撮られているかを見比べてみると、その違いがさらに物語を感じさせ、より手に汗を握らせることでしょう。

80年代ミュージックを基調としたBGMの演出もマシュー・ヴォーンらしく、本作の後にデクスター・フレッチャーが『ボヘミアン・ラプソディ』を撮ったことを考えると、「師弟間での継承」というドラマが外側からもより色濃く感じられるような気がします。

ちなみに、僕の生徒はしっかりと推薦を勝ち取り、トリマーの道に進むことができました。
勉強を教えていたつもりが、一番大切なことを教えてくれた彼女、今は元気にしてるのかなあ。

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