【連載/ふらっと喫茶店】4店目: サンドウィチ

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(by 吉野山早苗

喫茶店へは事前にリサーチして行くこともあるけれど、町を歩いていて、ふと見つけることも多い。そして、そのお店が当たりだったときはうれしさもひとしおで、「ナイス、自分」と自画自賛したくなる。

先日も、お菓子を買いに出かけた先で、すてきな喫茶店に出会った。お菓子のお店ははじめて行くところだし、最寄駅からやや離れているので、方向音痴の本領を発揮しないよう、緊張しながら道をずんずんと歩いていた。そのとき、目の端に何かが引っかかり、後ずさりでもどった。その、目に留まったものは、これぞ昭和の喫茶店という外観だった。全体的に茶色で、薄暗い。それでも、ときめきを覚える。目当てのお菓子のお店にたどり着けなくても、この喫茶店でコーヒーを飲めればいい、とまで思った。お菓子のお店にはぶじにたどり着き、なんと、個数限定のウィークエンドまで買えた。ほくほくしながら来た道を引き返し、先ほどの喫茶店を目指した。

ときめく外観もすばらしかったが、店内もすばらしかった。黒い蝶ネクタイとベスト姿の年配のマスターが迎えてくれ、いちばん奥のテーブルに腰を下ろす。すぐに、椅子の背もたれに目が行った。「W」の文字がくり抜かれている。それが店名のイニシャルだと気づくのにすこし時間がかかったけれど、テンションは一気に挙がった。さらに、きょろきょろと店内を見回す。壁にかかったメニューが、また、すばらしかった。「ウインナー」「レモンテー」「コーラー」「サンドウィチ」。マスターが注文を訊きに来た。「サ、サンドウィチを…」と言ってみたものの、「え?」と訊き返されたので「サンドウィッチをお願いします」と言い直した。

その後は、雰囲気を堪能しながらサンドウィチを待った。入口ちかくのテーブルのほうを見ると、おっさんがひとり、前屈みになってテーブルを凝視している。ああ、あそこのテーブルはゲーム機なのか。店内にうっすらと流れるクラシックの曲と、ゲーム機のかすかな電子音は、みょうにマッチしていた。カウンターのなかでは、マスターがわたしのサンドウィチをつくっている。

そこへ、女性がひとり、はいってきた。お客さんではなく、どうやら商店街の行事について話をしに来たようだった。そういえば、この通りにはいろいろなお店があった。マスターと女性は熱心に話しこんだ。わたしのサンドウィチは、すでに運ばれるばかりになっている。でも、いっこうにこちらに来る気配はない。でもまあ、だいじな話をしているんだろうから、待たなくては。そうはいっても、ふたりの話は長かった。わたしのサンドウィチをあいだに置いて、ふたりは話しつづけた。

ようやく運ばれてきたサンドウィチを食べ、アイスコーヒーを飲み、この空間を目いっぱい満喫して、帰ることにした。伝票を見ると、思っていたよりも50円、お会計の金額が安くなっていた。セット割引かしら。そう思いながらレジに行き、マスターに伝票を渡す。それをじっと見るマスター。「あ、まちがえてました」彼はそう言い、わたしは本来払うべき金額を払い、お店を出た。

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この記事を書いた人

猫と喫茶店とキリアンが好き。近所の猫たちに癒される日々。翻訳書『オリエント急行はお嬢さまの出番』『貴族屋敷の嘘つきなお茶会』『お嬢さま学校にはふさわしくない死体』など。

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