【連載/字幕翻訳者の“この台詞が好きなんです”】第3回: 青春時代の『式日』

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明日何の日か分かる? 明日は私の誕生日なの。

――映画『式日』より

(by 長夏実

先日、久しぶりに実家に帰ったら地元のレンタルビデオ店が閉店していました。
今のご時世、動画配信サービスも普及しているし、レンタルビデオ店なんて流行らないのかもしれません。
でも、青春時代のほとんどをその店で過ごした私にはかなり衝撃の事件で、思い出の場所の喪失に心が痛みました。

中高一貫の進学校に通っていたわりには勉強ができなかった私は、勉学に励むわけでもなく「ロードショウ」や「スクリーン」などの映画雑誌を読みあさり、同級生たちが必死に部活動で汗を流している間にもエマ・ワトソンへのファンレターの書き方を一心不乱にインターネットで調べているような子でした。

映画への知が増えていくのにつれ、田舎では「見たいと思った映画が見れない」というジレンマを感じていました。
(現に、最近では映画の上映からDVD発売までの期間が短くなっていることもあり、ミニシアター系の映画だと、DVD発売と同時期に上映なんてこともザラです。)

毎日、授業そっちのけで「今日は何の映画を借りようか」と、そんなことばかり考えて、いざ授業が終わると掃除をさぼって、自転車を立ちこぎしてツタヤへ行く。

今のようにスマホで在庫が検索できるわけでもないので、血眼になってお目当てのDVDを探し続けていました。

連載第1回であげた、ブエノスアイレスのウォン・カーウァイにどっぷりハマったのも16才の頃。当時、行きつけの美容師さんに「ウォン・カーウァイばっかり見ていると、ロクな大人にならないよ」と冗談まじりで言われたこともありました。

当時は岩井俊二作品にも夢中になっていて、岩井監督特有のアンニュイな作品背景は当時の私に多大に影響を与え…というより影響を受けすぎて「将来は映画を撮りたい」なんてことを漠然と思っていました。

岩井俊二といえば、今日ご紹介したいのは彼が出演している「式日」という作品です。

監督は庵野秀明。そして、原作・主演は藤谷文子。

タイトルになっている「式日」というのは、古い言葉で儀式を執り行う日という意味だそうです。

複雑な家庭環境で育った彼女(藤谷文子)は、愛に飢え、ただ辛く寂しい現実から逃げようとしています。
彼女にできることは、新しい1年を迎えないために誕生日を拒むこと。

毎朝6時に廃墟ビルの屋上で「身を投げる勇気」を試す儀式を行ったり、「明日何の日か分かる? 明日は私の誕生日なの」と毎日毎日繰り返したり…。

そんな彼女に興味を持ち、ビデオカメラで彼女の撮影を続けるカントク(岩井俊二)は、映像作家としての成功をおさめたものの、実写映画を撮りたいという気持ちを抱き無力感に襲われている孤独な人。

ロケ地は庵野監督の地元である山口県・宇部市。
さびれたシャッタ街や巨大なコンビナートに、赤い傘や赤いワンピース、赤い靴がとてもよく映え、このコントラストも見物です。

あと、彼女の母親役に大竹しのぶが出ているのですが、ちょっと、この大竹しのぶはしばらくトラウマになりそうでした(すんばらしくて)。

それにしても、この映画を見てからしばらくの間、誕生日の前日になるとそれこそ儀式のように「明日何の日か分かる?」と友人に聞きまくっていた私は、ほとほと迷惑なやつだったでしょう。

これぞ若気の至り…。若さとは恐ろしい。

(c) 徳間書店

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この記事を書いた人

英日字幕翻訳者。中国語も少し。最近は韓ドラにはまってます。字幕担当作品『キス・ミー・ファースト』など多数。

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