【連載/部屋とシタデルペイントとウォーハンマー】第2話: おっさんの体になってしまった僕は書店で一冊の雑誌を手に取った。

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僕がウォーハンマーを知ったのはずいぶん昔、もう二十年以上前のことだ。当時、この趣味はずいぶん間口が狭く、日本でプレイしている人はほとんどいなかった。いたかもしれないが、インターネットもない時代に同好の士を見つけるのは不可能事のように思われ、実際に製品を買うところまではいかなかった。そもそもウォーハンマーの製品は高い。飛び出た眼玉が次の瞬間にはサニーサイドアップの目玉焼きになっているくらい高い。全高三センチくらいのちっぽけなミニチュアが一体三千円くらいしたりする。純粋に、使われているプラスティックの分量だけで比較すると、日本のプラモデルの十倍くらいのお値段はするかもしれない。が、これについてはいずれ書く機会があるかもしれないので、今は詳細は省く。

ウォーハンマーを知らない人のためにざっと説明しておくと、これはイギリスのゲームズワークショップという会社が販売しているアナログゲームだ。プレイヤーは戦場に見立てたテーブルに手持ちのミニチュアを配し、互いの軍隊を激突させる。必要な道具はサイコロと定規。ミニチュアが移動できる距離や攻撃が届く範囲は定規で測定され、その攻撃が当たったのか外れたのかなどの判定にはサイコロを用いる。そう聞いて、ずいぶんシンプルなゲームだと思うだろうか。それともずいぶんマニアックなゲームだと思うだろうか。

二十年前の僕自身はというと、ずいぶんマニアックなゲームだと思っていた。定規を使って距離を測るなんて、ほかのジャンルのゲームではまずありえないからだ。たとえばこんな場面を想像してみる。ミニチュアが射程距離六インチの銃を装備していたとする(余談ながら、イギリス産のこのゲームでは距離はインチ単位で測定する)。そして、このミニチュアと敵のミニチュアの距離が六・一インチだったとする。この場合、どのように処理するのか。これくらいは誤差だから、射程内ってことでひとつお願いしますよ、と精いっぱいチャーミングに言ってみる? 否、たとえ〇・一インチだろうと貴君の武器は射程外、すなわち当方のミニチュアを攻撃することは不可能である、と居丈高に主張する? それともお店の人が審判になり、店に常備してあるイリジウム合金のインチ原器で厳密に測定する? 当時の僕は、ずいぶんマニアックなおじさんたちがこんな侃々諤々の議論を繰り広げている光景を想像し、それだけで手を出すのがはばかられるような気がしていた。

あれから時は流れ、すっかりおっさんの体になってしまった僕は書店で一冊の雑誌を手に取った。ホビージャパン・エクストラ。表紙には青々としたスペースマリーン――ウォーハンマー40,000というSF世界のゲームに出てくる強化兵士――のミニチュアと、「まだ『ウォーハンマー』やってない?」の煽り文句。それをしげしげと眺めまわしたあと、棚に戻すと、電車に乗って家に帰り、息子と風呂に入り、眠り、翌日また同じ書店に行き、同じ書棚に手を伸ばし、同じ雑誌を取り、レジに向かった。

(3)へ続く…

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この記事を書いた人

ボードゲームを愛する、文芸&ゲーム翻訳者。翻訳作品『VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)』(ゲーム)『ダンケルク』『コールド・コールド・グラウンド』(文芸)等多数。

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