ロック人生35年。
これまでコンサート(いわゆる「ライブ」)というものに何回行っただろう。
今はもう確かめようもないが、若かりし頃は月1回くらいのペースで行っていたので、少なくとも100回くらいにはなるかと思う。

私はブリティッシュロックを中心に聴いているので、その大半が海外アーティストのライブである。
学生としてイギリスに住んでいた経験もあるのだが、日本と比べるとチケットがかなり安価で、場合によっては来日公演の半額くらいで見ることもできた。
日本にはなかなか来てくれないアーティストが安く見られるなら、そりゃ行くでしょ!
比べてみると、アーティストにも「コニチーワ」「アリガート」などの日本語サービスがいらないせいか、その分中身も濃かったような気がしている。観客のノリも根本的に違うのだ。
始まる時間も終わる時間も遅いし(終わるのはたいてい23時過ぎ)、今でこそ日本でも一般的になったが、観客はだいたい酒を飲んでいる(ワンドリンク以上の量を)。

しかし、いちばん違うのは観客の「体格」だと思った。
1998年に渡英して間もない頃、大きな公園で行われたパルプ(Pulp)の野外ライブで、私は将棋倒しにあった。
無傷で済んだものの、「異国の地で死ぬんじゃないか」と一瞬思ったほど怖かった。
倒されたとき、まわりの人が私の体を引っ張り上げて助けてくれたのだが、お礼もそこそこに端っこに逃げた。
日本だと調子に乗ってモッシュピットでタテノリ(死語)していたのだが、同じことをイギリスでやろうとしていただなんて、今思えばとても無謀。
イギリス人、日本人なんかよりずーっとでかいですよ!重いですよ!それが塊になったら敵いませんって!

それに、ライブに来ている人たちがすべて熱心な音楽ファンとも限らない、ということにも驚かされた。
2000年頃オアシス(Oasis)をロンドン郊外のウェンブリー・スタジアムまで見に行ったのだが、会場にいたのはスキンヘッドに上半身裸で、タトゥーを施したオッさんたちばかりで、みんなビール片手に談笑していた。まるでサッカーの試合のようだった。
サポートアクトからずっと見ていたのだが、そのうち観客がビールの入ったカップやペットボトルの投げ合いを始めた。
そのとき、投げつけられたペットボトルから液体がこぼれ、私の頭に降り注がれた。
何これ?と思い、髪を触ったり、においなどを嗅いだりしていたら、うしろのお兄さんがそのボトルを拾って、「これは…piss(ションベン)じゃねえか!」と言っていた。

お…し…っ……こ…!

おそらくビールを飲み過ぎて、トイレに行くにも面倒で、その辺のコップやペットボトルにジョーッとやって…そういえばその辺で立ちションしてる人、いっぱいいた…
白目をむきながら私は端っこに場所を変え、なんとかライブを見ていたら、第2弾が私の頭に見舞われた。
しかも温度は人肌。
帰りの地下鉄で髪を触ったら、固まっていて、カランカランと音を立てていた。
帰宅するやいなやシャワーを浴びて、翌朝コインランドリーでその日の持ち物を全部洗った。

それに限らず、いろいろなライブでいろいろな目に遭っていろいろな経験をさせていただいた。
今だから笑えるけれど、下手したら感染症にかかったり将棋倒しでつぶされたりして死んでいたのかもしれない。
死因が「ライブでオシッコ浴びたから」だなんて、もう考えただけでも顔から炎が上がる。
音楽なんてホント、二の次である。

それでも足繁くライブに通ったのは、そういうところもひっくるめたイギリスの文化や、音楽を愛しているからに他ならない。
ライブのいちばんの魅力は、憧れのアーティストと同じ空間や同じ空気を共有できること。
それが実在の人物である、ということを確認できたうれしさで、「次の存在確認までまた頑張ろう」と思えるのであった。

だけどオアシスの存在確認は、あれ以来しばらく遠慮した次第である。

 

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