ウィンの手が早く治らないように祈った。幸せだったから。
――映画『ブエノスアイレス』より
先日、「君の名前で僕を呼んで」 (監督: ルカ・グァダニーノ)を観ました。
物語の舞台は、夏の北イタリア。17 歳のエリオ(ティモシー・シャラメ)は、大学教授の父が招いた大学院生のオリヴァー(アーミー・ハマー)と出会い、恋に落ちます。
若い2人の青年はもちろん、夏の北イタリアの景色も眩しく、始終映像の美しさにうっとりとさせられていました。
この映画が、巷で“美しすぎるBL”と呼ばれる理由にもうなずけます。
さて、“美しいBL”といえば、忘れてはならない1本があります。
ウォン・カーワイ監督の「ブエノスアイレス」。
主演はトニー・レオンとレスリー・チャン。…というよりこの映画、ほかに出てくるキャストはチャン・チェンくらいで、登場人物が極端に少ない。
エンドロールも3人の名前がバンっと並ぶだけで、それはまた非常にカッコイイのです。
この映画は、ファイ(トニー・レオン)とウィン(レスリー・チャン)のゲイカップルが、2人の関係を「やり直す」ため、香港の正反対にあるアルゼンチンの首都・ブエノスアイレスを訪れる場面から始まります。しかし、2人はイグアスの滝を見にいく途中で喧嘩、そして破局。所持金も底をつき、帰国ができなくなったファイは、タンゴバーでドアマンの仕事を見つけます。
ある晩、別れた元彼・ウィンが愛人と一緒にバーへ来店。しばらくして、ウィンは愛人にケガを負わされ、ファイが面倒を見ることに…。
ファイは、ウィンのために食事を食べさせ、体を拭き、夜中でもタバコを買いに走ります。
しかし、ファイは独占欲が強く、「ケガが治ったらウィンは出て行ってしまうのではないか」と不安に駆られます。
一方、気まぐれなウィンは束縛されるのが大嫌い。
とっくに関係は破綻していると分かりつつも、離れられない、離したくない、2人の複雑な関係。
ファイはウィンを離したくないあまり、彼のパスポートを隠してしまいます。
「パスポートをどこに隠した?」と聞かれた時、ファイはニヤっと笑いながら「教えない」と答えるのですが、その笑顔が狂気に満ちていて、もはやホラー。
レスリー・チャンの狂おしいほど魅力的なダメ男っぷりはもちろん、トニー・レオンの爆発しそうな感情をなんとか持ちこたえているギリギリ感も見ものです。
それにしても、ウィンのようなどうしようもなくズルい人って男女問わずいるよな~と。悪気があるのかないのか、計算高いのか天性か。そしてこういうタイプの人は、ファイのような面倒見のよい(けど束縛が激しい)タイプをちゃーんと嗅ぎ分けて見つけている。
…と書くと、ウィンって完全にダメなやつじゃん!なんて思われそうですが、それは違う違う。
ファイはファイで、内心は頼られて喜んでるんじゃないかな~なんて思ってしまいました。面倒を見ている間だけは、相手が離れていく不安を抱えなくて済むからでしょうか。
ケガが治り、自由気ままに家を出歩き始めたウィンを見て、ファイはこうつぶやきます。
「ウィンの手が早く治らないように祈った。幸せだったから」
その感情は、愛なのか、情なのか、束縛なのか。
結局、ファイはウィンのわがままに疲れ、中華料理店の後輩・チャン(チャン・チェン)と親密な関係になっていきます。ウィンとファイの蜜月時代は、ウィンのケガが完治すると同時にあっさり終了。ファイはお金を貯め、さっさと地球の反対側の台湾に戻ってきます。
ウィンをつなぎとめるものがなくなったので、2人が戻ることはないと思っていました。しかし、忘れちゃいけないのがパスポート。
最後の「会おうと思えばいつでも会える」というファイの台詞は、もしかしたらチャンに向けられたものではなく、ブエノスアイレスから出られないウィンに向けての言葉だったとしたら…?
ファイさん、パスポートはちゃんと返したの?
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