~日本が近い未来に訪れるおとぎ話~

『Butterfly Soup』をクリアしたときに思ったのは、「これは日本が向かう近い未来のことなのだろうな」ということだった。アメリカのオークランドに住む女の子たちが、野球をしながら仲良くなるストーリーは、この先に起こることが描かれている。

今年の新宿区で行われた成人式では新成人のおよそ半分が外国籍だった。リンク先にある朝日新聞社提供の写真を見ると、日本人で晴れ着の女の子の隣には、韓国のチマチョゴリを着た女の子もいるし、ヒジャブの女の子も並んでいる。彼女たちが並んで笑顔を向ける。

「ミンやディーヤたちみたいだ」ちょうど『Butterfly Soup』を遊んでいるときに見て、そう思った。きっとこれからの子供たちは、自分の隣にいる人たちが違うルーツであることも当たり前なのだとわかっていくのだろう。

『Butterfly Soup』は活発で乱暴者な韓国系アメリカ人のミンと、引っ込み思案なインド系アメリカ人のディーヤが子供のころに出会い、別れ、成長するなかで、友達同士じゃない感情に気付く。成長したふたりが再会したとき、同じくインド系のアカーシャと、中国系アメリカ人のノエルたちも友達に加わってゆく。ひょんなことから中東系の女の子たちも集まり、みんなで野球を始めるのだ。

アメリカで、アジア系の女の子たちがいっしょに過ごしている光景を見ながら、日本語における「外国人」という単語について考えていた。この言葉からは、欧米の白人や黒人たちを思い浮かべられても、いまだにアジア諸外国の人々を想像することは難しい。きっと何十年にも渡る慣習が、先進国以外の国について想像させなくしたのだろう。

でも本当に外国をルーツとした、近しい隣人はアジアの人たちだ。たとえば神奈川県横浜市のいちょう団地は、ベトナムや中国をはじめとしたアジアや南米から11カ国もの人々が住む場所として有名である。日本で『Butterfly Soup』的な現実を先行しているともいえ、外国人を受け入れる政策を取ったこれからは、そんなコミュニティがおそらく増えていく。

ミンとディーヤたちはアジアそれぞれの国をルーツとしているってだけじゃない。大人になるにつれて、自分が同じ性別の人を好きだってことにも気づいていく。ディーヤは街で同性婚に反対するデモを横目に見ながら、子供のころからミンに対して感じていたことが、友達を見る感情じゃあなかったって自覚していく。

だったらアジア系ルーツのアメリカ人で、同じ性別の子を好きになる彼女たちは、自分たちとは別の現実を生きている人たちだって思うだろうか? 『Butterfly Soup』ではそうは感じない。「ああ、自分たちと変わりない趣味を持つ人たちだよな」そう同じ現実に生きている子たちだと受け取れる。『らき☆すた』が好きだったり、『BLEACH』のTシャツを着ていたり、同じようなマンガやアニメの趣味を通して繋がっている。

『Butterfly Soup』に出てくる女の子たちは、どういう国から来たとか、どんな人を好きになるかということがほとんど自由だと知っている。ひとりひとりが別々の個人だってことをすんなりとわかっている。

「私たちいい感じに成長してる。いまは自覚していないだけで。」彼女たちはそう言う。彼女たちは社会的な意味で言えばマイノリティと括られるだろう。でも近い未来、日本でもどんなルーツの人に出会ったり、どんな性別の人に恋をする人と顔を合わせることになっても、それはマジョリティにとって別の現実を生きている人たちじゃなくて、同じ現実を生きている人だってわかる日が来るだろう。『Butterfly Soup』はそんなおとぎ話である。

『Butterfly Soup』はitch.ioにて、無料ダウンロード可能。

(c) Brianna Lei

 

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