~心に深い傷を受けた『警視ヴィスコンティ/黒の失踪』~

何の気なしに観た映画で、その後しばらくいやな気分になることが稀にあります。
例えば学生の頃に見た『ミスト』がそう。鑑賞後に「原作を改変してまで最悪な結末を描いたフランク・ダラボンという監督はなんて悪いやつなんだ!」と、暗澹とした気持ちに包まれながら帰宅をしたことを覚えています。

その日、私は翌日に控えた美術の授業課題として絵を描き上げる必要があり、1日かけて作品を完成させました。ところが、提出日の朝を迎えても主人公の行動の是非について考えてしまった私は、すっかり描いた絵を家に忘れてしまったのです。先生に怒られながら、これは全てフランク・ダラボンの仕業なのだ!と頭の中で抵抗していた私……。

『ミスト』や『ジョニーは戦場へ行った』、『偽りなき者』などをはじめ、鬱映画(そんな言葉で片付けていいものではないとはわかっていますが)はどの作品も共通して、誰が悪いとは言い切れないように思えます。これらは全て、人間関係のバグのようなものによって生じる不条理です。今回紹介する『警視ヴィスコンティ/黒の失踪』もそんな人間関係のバグを映し出す一本でしょう。

あらすじは、失踪した16歳の少年であるダニーの行方を追うこととなった刑事のヴィスコンティが(時には悪どく、時には横道にそれながら)事件の真相を追い求め、犯人を暴くというもの。色男のイメージがなくはないヴァンサン・カッセルが、小汚くやる気のない飲んだくれ刑事を好演しています。

この作品はDVDすらリリースされていない文字通りの隠れ名画で、現在はWOWOWやその見逃し配信のみで公開されているようです。『刑事ジョンブック/目撃者』を思わせる邦題ですが、英題は『Black Tide』となっています。「黒き流れ」とでも訳せばいいでしょうか。なにかよからぬものがジワジワと拡がっていくような印象を与えるタイトルですね。

本作は他の心を痛める系映画と異なって、主人公であるヴィスコンティの身によくないことが降りかかり続けるというものではないのが面白いところ。彼はどちらかといえば視聴者の心をかき乱す仕掛け人に近い役柄といえます。とにかくこの映画、登場人物全員の行動がやたらに不愉快で、観ているとかーなーり、いやな気持ちになるんです。

例えば、事件の聞き取りを行うためにダニーの家へと赴くヴィスコンティの場面を挙げてみましょう。彼は母だけではなく、妹のマリーからも情報を集めようとします。ところが重度の障害を抱えているマリーは、初対面のヴィスコンティとうまくコミュニケーションが取ることができません。ここですかさずマリーのご機嫌を取ろうとややおどけながら、バカにしたようにあやそうとするヴィスコンティ。彼の態度はどうみても気持ちのよいものではなく、その状況が無駄にスローなテンポで描かれます。それがもうとにかく気まずい……!!

実はこのやり取り、その後に影響を与える伏線としても機能しているので、なかなか作りが細かい作品のように思えてきます。また背景説明の少なさゆえ、私には態度が悪いだけのように見えたヴィスコンティの人物像も、観る人によって少しずつ変わってくるのではないでしょうか。

本作で巻き起こる事件の真相は、本当に苦いものになるでしょう。それはかなり不快度が大きすぎてAAAの作品ではおそらく再現できないほど。こういった体験は「隠れ名画」だからこそ、といえるでしょうね。

(c) Curiosa Films, Mars Films, France 2 Cinéma

あでゆ

自然言語屋。プログラミング言語屋。器用貧乏に色々。
第5回星新一賞・入賞。公式サイトはこちらから
連載エッセイ:隠れ名画のすゝめ