【連載/部屋とシタデルペイントとウォーハンマー】第3話: 何かに似ていると思ったら、登山の準備だ。

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(by 武藤陽生

今しか書けない文章がある。今書かなければ、たぶん自分にとってどうでもいいことになっている。なぜかといえば、その内容が本質的に“青い”からだ。その青さはいずれ失われてしまう。いずれと言ったが、それは明日のことだ。

だから、これは今日しか書けない文章ということになる。それで今こうしてせっせとパソコンに打ち込んでいる。このエッセイが公開されたとき、僕は「ああ、そういえばそんなふうに思っていたこともあったなあ」くらいの感慨しか抱かないだろう。もしかしたら公開されたものを読んで、恥ずかしさすら覚えるかもしれない。そんなものをなぜ記録しておきたいのかはよくわからないが、そんなことを言っていたら、誰にもなんにも書くことがなくなってしまう。まあそれはとにかく。

ウォーハンマーの話をしよう。僕がウォーハンマーの製品を初めて手に入れたのは、今年の四月のことだ。それから約四ヵ月が経ち、そのあいだひたすらミニチュアを組み立て、塗装し、関連書籍を読んできた。とにかく忙しい毎日だった。仕事が終わり、子供を寝かしつけ、夜十時ごろから暗い部屋で作業灯だけをつけて、これらの作業に勤しんできた。塗装をしていて気づいたら深夜三時だった、なんてこともざらだ。

今この瞬間にも、明日の初ゲーム会に備え、せっせと最後の仕あげをし、ゲーム中にミニチュアを見分けやすいよう台座に筆でナンバーを描き込み、ロスター(ミニチュアの編成表。各ミニチュアには戦力を表わすポイントや独自の武装があり、わかりやすいようにそれを書き出した表)をつくっている。運搬中にミニチュアが壊れないよう、スポンジを詰めた自作のキャリーケースに詰め、ゲームボードやテレイン(情景モデル)が破損しないように袋詰めしている。スーパーの買い物袋の長ネギよろしく、インチ定規が袋からはみ出している。

何かに似ていると思ったら、登山の準備だ。もしかしたら山道で便意をもよおすかもしれないから、シャベルと芯を抜いたトイレットペーパーを持っていこう。寒くなるかもしれないから、薄手のウインドブレーカーを入れておこう。だいたい使わないんだ、そういうのは。でもだいたい使わないものを先まわりしてパッキングする。その取捨選択。一番脳みそを使う瞬間だ。ウォーハンマーは頭の健康にいい。

こうして僕は初めて山に登ろうとしている。ウォーハンマーに手を出してから組み立てたミニチュアは数十体、ちゃんと最後まで色を塗ったのはそのうち半分にも満たない。未完成のものがまだ百体ほどあって――

いやいや。雑念を振り払い、コーヒーを飲み、ルールブックを復習し、パッキングした荷物に詰め忘れがないかもう一度確認し、それでもまだ何かやり忘れていることがあるような気がする。

明日、僕は生まれて初めて、ゲームとしてのウォーハンマーをプレイする。

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この記事を書いた人

ボードゲームを愛する、文芸&ゲーム翻訳者。翻訳作品『VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)』(ゲーム)『ダンケルク』『コールド・コールド・グラウンド』(文芸)等多数。

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