■あなたは、ハードボイルドが好きか■
突然だが、あなたはハードボイルドが好きか? 何を言っているかわからない? なるほど、それでは質問を変えよう。
あなたは、『バトルシップ』は好きか。
あなたは、『虐殺器官』が好きか。
あなたは、『パシフィック・リム』が好きか。
あなたは、『バイオハザード』シリーズを好んでいるか。
あなたは、山寺宏一と林原めぐみの組み合わせが好きだろううか。

SFとレトロの融合は好きか。ニヒルな賞金稼ぎは好きか。目の死んでいる黒モサ髪の男は好きか。天真爛漫な天才少女ハッカーが好きか。男女バディの対等な活躍に鼓動を早め、旧式兵器を駆る老兵の活躍に心を踊らせるだろうか。
そしてあなたは、ハロウィンが好きだろうか。
――ならば私は、かつて一世を風靡したあるアニメーション映画の……『カウボーイビバップ 天国の扉』(2001年、 渡辺信一郎監督)の話をしなくてはならないだろう。

■『カウボーイビバップ 天国の扉』 あらすじ■
2071年、ハロウィンを目前にした火星のクレーター都市アルバシティー。
その高速道路でタンクローリーが突如爆発炎上するという事件が発生する。現場周辺に居合わせた人々は原因不明の症状を訴えて次々と倒れていき、死傷者400人以上という火星史上最悪の大惨事になった。

その後も被害者は苦しみながら次々と死んでいき、事態を重く見た火星政府は、正体不明の生物兵器を使用したテロの可能性を示唆、事件の犯人に史上最高の3億ウーロンという巨額の懸賞金をかけることを発表した。

一方、たまたま別件の賞金首を追う途中で事件に出くわしたフェイは現場を撮影。そこには手の甲に入れ墨がある謎の男が映っていた。
3億ウーロンを手に入れるため、スパイクらビバップ号のクルーたちはその男の追跡を開始する。(ピクシブ百科事典より

■90年代、アニメシーンはハードボイルドだった■
ハードボイルド。固茹で卵のことである。転じて、なんかこう、水けの少ない硬派な物語群のことをハードボイルドと呼ぶ。

90年代のアニメシーンではこのハードボイルドものが流行していた。『ルパン3世』のテレビシリーズが毎週夕方に放映されていたし、同じような時間帯にあの傑作『マスターキートン』もアニメ化されて放映されていた。ハードボイルドの魅力を(いま思えばマッチョに過ぎる)ギャグで包んだ『シティハンター』は今も一般に広く人気がある。そんな時代に、【ハードボイルドSFアクション】である『カウボーイビバップ』も放映されていた。――そして。90年代が終わりを告げ、かつて未来であった21世紀に我々が足を踏み入れた2001年9月。劇場版『カウボーイビバップ 天国の扉』は世に放たれたのである。

■これは、……翻訳だ!■
『カウボーイビバップ 天国の扉』の最大の特徴。実力派声優陣、練度の高い脚本、魅せる作画。諸々あるかもしれないが、たったひとつだけ美点を述べよと言われれば、それはたぶん【音声情報の圧倒的な心地よさ】なのだと思う。『ビバップ』というからには、劇中のBGMも気合が入っている。サントラ第1弾は第13回日本ゴールドディスク大賞「アニメーション・アルバム・オブ・ザ・イヤー」に輝いている。とにかく、カッコいいのだ。音楽にうとい筆者もワクワクだ。

そして、何よりも着目すべきはその台詞回し。冒頭から、そりゃぁもう、フルスロットルである。

***
「いいか? 世の中ってのは煮えたぎった鍋の中みたいなモンなんだ、ドロドロに溶けたシチューの中身は? どれが偉いわけでもどれが役立たずでも無い、一つになったシチューなんだ。ただ、どうしても忘れちゃいけないモノがある…なんだか分かるか?」
「…お肉?」
「誰もがそう思う、だがな? シチューの素がなきゃシチューじゃ無い! 同じ材料でも、カレーにだってなっちまうのさ」
***

はいっ、アメ文!!!
もう、完全なるアメリカ文学のセリフ回し!!!!
この手のセリフが次から次へと耳に叩き込まれてくるわけである。短く、詩的に、ケレン味たっぷりに。これは、文字数や尺といった制限に喘ぎながら洋画や洋楽の翻訳者たちが生み出してきた珠玉の節回し――字幕文法とでもいうべき言葉たちを、和製アニメに輸入したシロモノと言えるだろう。

■名言映画~冗談みたいなセリフが成立する不思議~■
名言はときに「クサいセリフ」となりうる。

***
「馬鹿は死ななきゃ治らない!」
「未成年か…ガキの御守りは苦手なのよね」
「3億なんて賞金、かける方が悪い」
「望みのものは見つかったか?」「いや、要らないものばかりだ」「世の中えてしてそういうもんだ」
***

どうですか、これ。こんな、「いかにも」な、バタ臭いセリフ。お笑い芸人が茶化す洋楽のセリフ回しそのものである。だが、安心してほしい。連発されるこの手のセリフが、変に浮かないのだ。完全に、完璧に、劇中の登場人物のセリフとして成立する。もはや、音楽のように。ビバップのように。『カウボーイビバップ 天国の扉』というのはそういう映画なのである。……つまりは、最高ってことだ。

ちなみに、一度立ち消えになっているが『カウボーイビバップ』はハリウッドでのリメイクの噂が断続的に囁かれている。アメリカ文化を貪欲に取り込んだ和製アニメーションが、ハリウッド産の洋画として映画館にやってくる日が今から待ち遠しい。スクリーンに浮かぶ(おそらくはバタ臭い)字幕を、私はそのとき、どんな気持ちで眺めるのだろうか。

■ハロウィンの雨に結実する美しい映画に刮目せよ■
あなたが『カウボーイビバップ 天国の扉』を未見であれば、この映画を観る理由がすっかり揃っていることに気づいただろう。
そして、17年前にこの火星のハロウィンに心を打たれたあなた。どうか安心してこの天国の扉を叩いてほしい。

2001年。それはまだ、ハロウィンが新しい文化であったころ。
その年に封切りされた思い出の映画が色褪せていやしないだろうか。
あるいは、女性の描き方や女性へ対する扱いに透ける旧い価値観に幻滅したりはしないだろうか。
――もしそんな懸念を持っていたとしたら、心配は無用だ。

どうやら一般的には固茹で卵《ハードボイルド》は男の食べ物らしいけれど、火星で繰り広げられる銃撃戦の前には男も女もありはしない。この映画においてはすべての男が、すべての女が、道に転がるジャックオーランタンすらもハードボイルドなのだ。

***
「ただの賞金稼ぎとは思えないわ、スパイク・スピーゲル」
「アンタもただの軍人にしとくには勿体無いぜ?」
***

主人公スパイクと本作ヒロインであるエレクトラの、この短くバタ臭いやりとりにあなたの心がすこしでも踊ったのであれば。
――2071年。火星のハロウィンに思いを馳せつつ、天国の扉を叩いてみてはいかがだろうか。

(c)  サンライズ、(c) ボンズ、(c) バンダイビジュアル

蛙田あめこ

小説書きです。蛙が好き。落語も好き。食べることや映画も好き。
WEB小説『女だから、とパーティを追放された魔導師はレベルMAX魔法剣士に転職して伝説の魔女と最強パーティを組みました』の書籍化準備中です。
連載エッセイ:スローな落語家と暮らしてる